ジェイガイ

□milky kiss
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目が覚めた。
最初に確認したのは白い物体(まだ闇に包まれた世界でそれは薄暗い青色をしていたけれど)それが布――シーツだと判るのに数秒、それが自分の体に掛けられていると気付くのにさらに数秒を要した。
(ん?…)
ガイは親指の甲で目を擦りゆっくりと体を起こした。ギシギシと体が軋む。せっかく久しぶりに宿が取れたというのに体の疲れが抜けていないのは、中途半端な時間に目覚めてしまったというだけではないだろう。靄のかかる思考に昨晩のやり取りが蘇る。

(なぁ、ルーク、入れてくれよ)
(やだっ。ぜってーやだっ)
ツインの部屋しか開いておらず、当然のようにガイはベッドから弾き出されてしまった。何故何の相談もなしに自分が貧乏クジを引かされなければならないのか。声を張っても泣き落としても、ガイの訴えなど誰も聞く耳を持ってくれない。
(じゃあ俺は今日どこで寝るんだよ)
(鬼畜眼鏡の隣が空いてんだろぉ…)
体を大の字に広げてベッドを一つ占領してしまったルークは既に眠り声だ。そうなるとこれ以上声をかけるのは可哀想に思えて(悲しい性分だ)そろそろとご指名の鬼畜眼鏡に目をやると、
…にっこりと微笑まれてしまった。泣き寝入り決定だ。
(そうだ。それで俺はこんな床に…寝る羽目になって…)
予備のシーツを一枚床に敷いて、その上に悲しく体を横たえた。それまでは覚えている。その後は、埃っぽさに咳き込みながらも睡眠欲には敵わず、ずるずると眠りの中へ引き込まれていった。ではこの体を優しく包むシーツは、誰が用意してくれたのだろう。
ガイは視線を転じた。未だ眠気に支配されているとはいえ、先の問の答えは容易に導き出せる。
「――旦那…?」
爆睡しているルークのベッドの反対側、必要な分だけ灯りを点け机に向かっているジェイドの背中に声をかける。目を細め彼の様子を窺うと、報告書でもまとめているのか、ペンにインクを足しているようだ。
「どうしました?」
ガイが体を起こしたのに気付いていたらしく、ジェイドは特に驚きもせず作業を続けている。
「こんな…遅くまで、仕事かい?」
声が出しにくい。寝起きと疲れが重なってか、上手く体が機能しない。
「ええ」
「シーツ…ありがとう」
鬼畜眼鏡なんて言って悪かったなと、反省していると。
「貴方のくしゃみがうるさくて集中出来なくて。鼻にティッシュでも詰めてやろうかと思いましたよ」
「…感謝して損した」
がっくりと頭を垂れた。




温めたミルクをジェイドに差し入れ自分も飲んだ。冷えた体が中から温まっていく感覚にとろけていく。それでも意味不明の呻き声を上げながら寝返りを打つルークにシーツを掛け直してやり、長い髪が絡まらないよう梳いてやった。寝返りが多いから寝苦しいのかと思ったが、ルークの表情はやわらかい。起こさないようそっと頭を撫でた。
その様子を、いつの間にか振り返っていたジェイドが見ていた。口許に笑みが浮かんでいて、ガイは薄気味悪さを感じて体を引いた。
「…何だよ」
「いいえ、相変わらずの母親っぷりには感心しますよ」
「嫌みか」
「いやですねぇ。素直な賛辞ですよ」
言いながらゆらゆらとカップを振ってみせる。はっ、と瞬時にその意図を汲み取り、動く。ミルクはまだ残っている。くす、とジェイドが笑みをこぼすのが聞こえた。
「だから、そういう所が」
「え――…?」
残りのミルクをジェイドのカップに注いでやりながら、小首を傾げ――気付いた。さっと頬に朱が走る。
「ありがとうございます、"お母さん"」
「だぁっ!! 気持ち悪い事言うな、オッサン!」
"おかわり"に気付いててきぱきと用意するなんてまさに母親。…せめて気配り上手と言ってもらいたい。
「酷いですねぇ」
文句を言いつつ、ジェイドは至極楽しそうに笑う。たったカップを揺らした如きでミルクと皮肉の成功、二つの実を得てしまうあんたの方がよっぽど凶悪だ、とガイは心中でがなり立てた。
「俺は、あんたの母親になる気はないよ」
自分の分のミルクをあおり、未だ使われた気配のないジェイドのベッドに腰掛ける。どうせ仕事で起きているのならベッドを使わせて欲しかった。床なんかより断然やわらかいベッドに頬ずりしたくてうずうずする。
「おや、では、貴方は私の"何"だというのですか?」
キシ、と静かな音が上がったと思ったら、もうジェイドが目の前にいた。あ、と声を上げる間もなく、頬を両手で挟み込まれ顎を上げられる。ジェイドが何がしたいのか何をしているのか分からずされるがままのガイはさらりと降りてきた栗色の髪を避ける為目を閉じた。

そして
それは重なり
すぐに離れた

「―――……」
ガイは栗色の髪がふわりと流れるのをぼんやり見ていた。ジェイドはさっさと机に戻り仕事を再開している。手元のカップは既に空になっている。
…静かに、ぶるぶると体が震え始めた。カップを取り落としそうになる程に。でも力を込める事はできない。
(何だ今の………っ)
目を閉じたほんの一瞬の出来事がぐるぐると頭を回りじんと痺れた。震えている。体が。ほんの一瞬の、出来事のせいで。何が、何で。どうして。震える。体が。手が。足が。唇が。唇。唇。唇、に。
(あ……ぁ…っ…)
ついにガイはごとりとカップを落としてしまった。白い飛沫が床に染み込む。ガクガク。止まらない。震える。手が。体が。唇が。唇が。
「……そんなに動揺しないで下さいよ」
苦笑が振られて、やっとガイははっと顔を上げた。震えは止まらないが呼吸の仕方さえ忘れそうになっていた数秒間から這い出しジェイドの方へ首を捻る。ジェイドは再びこちらを振り返っていて少しだけ困ったような顔をしている。
「悪い事をした気になるじゃないですか」
「バッ…か、悪い、事だ…!」
備え付けの枕を思いっ切りジェイドに投げつけた。が、難なくガードされぼとりと床へ落とされる。
「なっ、なんっ、で…!」
「貴方には言葉よりも、行動の方が効果的かと思いまして」
「は…!?」
枕を拾い、ジェイドが再び近付いてくる。どくん、どくんと、心臓が大きく脈打つ。逃げたい。だけど、射竦められたかのように体が動かない。
震える頬にそっと手を添えられる。ジェイドはそれ以上何の行動も起こさない。ガイは俯いた。ジェイドの真意は、先の行為で察しがついている。確かに彼の言うように、自分にそれは効果的だったけれど、
―――狡い……
思い切ってジェイドに視線を合わせた。
彼の濁りない赤い瞳はガイの視線を捉えると、満足そうに微笑んだ。
どくん
(――…あ)
不整脈を打つ心臓を自分自身疑ってしまう。ジェイドの唇が言葉を形取るのを凝視してしまう。




「貴方が好きです」





跳ねる心臓を止める術などなく。
合わせられた唇が伝えてくる激情にいつの間にか応える事に必死になってる自分がいた。
おかしい。
おかしい。
何でこんな事に?
流されてないか?
そもそも俺達は男同士で
こんな事は有り得ないはずで
でも
不思議と 嫌悪感はない―――
「はっ…」
それどころか、離されれば、追いかけてしまう。足りないと疼く。体が。手が。唇が。震えて、求める。目の前の男を。
(貴方が好きです)
それを後押しにしながらそれを見極める為に。
ガイは自ら瞳を閉じた。そして要求が通り唇が与えられると、至福が胸を甘く満たすのだ。
甘い、痺れが心地良い―――

















鳥の囀りが聞こえる。
「ふぁ…んん――…」
目覚めたルークはぐっと伸びをする。ついでに肩を回したり首を回したり、体の具合を確かめる。やっぱりベッドは最高だ。あったかいしやわらかいし、旅の疲れも吹っ飛ぶ。ガイ。ガイはどこだ? 今日は一人で起きられたぞと、自慢してやりたい。ガイ。
きょろきょろと上機嫌にガイを探すルークは、ある一点で目を止めた。
お目当ての青年は、
……あろう事か鬼畜眼鏡の胸に抱かれて眠っている。














「ん……」
ふわりとやわらかく、意識が浮上する感覚につられてガイは目を開ける。最初に確認したのは、黒い軍服。
(あ…!)
思わず勢いよく体を起こしてしまい、ジェイドを起こしてしまったかと思ったが、どうやら大丈夫のようだった。
(何か…昨日はえらい事になったな…)
そっと栗色の髪を梳きながら思い返す。いきなり告白、されて。それを受け入れる形でキスを。キス。…頬に熱が蘇る。
(ルーク! ルークを起こさないと)
これ以上思い出すまいと、日課のルーク起こしに取りかかるためベッドを降りようと振り返ると、
――既に体を起こして固まっているルークと目が合った。
時が止まった。






ピピピ…と朝の清々しさを引き立てる楽しげな小鳥達の声は今までにない程滑稽な朝を迎えている青年達の頭上にも変わらず降り注ぐ訳で。
「ルッ………ク…」
「……………」
目と口を微妙に引き気味に開いたまま硬直している赤い子はばっちりこの状況を見てしまっている訳で。
「ぁ…のな、これは、その」
言い訳なんて何言ったって無駄なんだって事は物語のお約束だけど言わずにいられないのが人間な訳で。
「床じゃ…寝れなくて、ジェイドに頼んで…」
でもそれじゃあ自分からあの状態を望んだみたいだと気付いても赤い子の顔がさらに歪んでしまってはもう手遅れな訳で。
―――空は青い。

「うわぁあああああガイが鬼畜眼鏡に―――ッ!!!」
「ちっ違っ違うんだルーク!! ル――――ク!!!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の横、目を閉じていた鬼畜眼鏡がこっそり笑みを深くした事は、誰も気が付かない訳なのだった。





end


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