ジェイガイ

□親愛なるクリスマスの父へ
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「時間を遡れるなら、私は生まれたばかりの自分を殺しますよ」







――――衝動。
息も
思考も
止まるほど。




その日は雪でも降りそうなほど寒かった。







親愛なるクリスマスの父

もしもプレゼントを配る子供たちのリストの中に俺の名前があったなら。










「あんたができもしない事を口にするなんてな」
宿で、二人きりになった頃。ようやくガイはジェイドに口をきいた。と言っても、もうそれぞれのベッドに入ろうかとしていた頃合だ。ガイは着替えのためにジェイドに背を向けている。…いかにもさりげない、だけどあからさまなポーズ。そんなものジェイドが分からないはずもないが、何も言わない。
「死なんて所は精一杯生きた者だけが最後に辿り着く場所であって、あんたみたいな責任を放り出したい奴が逃げる場所じゃない」
「私は自分のした事への責任を放棄するような事はしませんよ」
ジェイドの返答は平坦だったが、きっと表情は厳しく顰められているだろう。だけどガイはジェイドと向き合わない。脱いだベストを放って、チョーカーの留め具に指をかける。
「私は私が生まれてこなければ軽視される事も失われる事もなかった命があると口にしただけです」
「確信のない事は口にしない主義の大佐殿は弁解となると口が軽くなるようだな」
「…言ってくれますね」
ジェイドの声音に、さらに厳しさが増す。だけどガイは、振り向かない。
「私が卑屈な感情で同情を誘う発言をするような男だと思っているのですか」
「……」
ジェイドは、赤の瞳を僅かに動かした。ガイの指。チョーカーを外すのに手間取っているようだ。
「ガイ、ああまで言っておきながらだんまりを決め込むほど幼稚ではないでしょう。こちらを向きなさい」
「…、幼稚で、結構だ。あんたにつきあって大人ぶってても、頭が痛くなるだけだ」
ジェイドは再び、僅かに表情を変化させる。ガイの様子があまりにいつもと違うから、腹を立てるよりも先に疑問符が浮かぶ。
「俺は…、俺が言った事で、あんたが傷ついたって知ったこっちゃない」
ガイが、不安定な音を出した。頑なだった城壁が一欠片崩れたような、そんな音を。
「勝手ですね」
「ああ、勝手だよ」
苛立つ指。しかし、何かの弾みでぷちりと音を立ててチョーカーの留め具が外れた。ガイは一瞬チョーカーに目を当てたが、ベストの上へと、投げやった。
「だけどあんただって、自分が生まれなければだとか殺していればだとか好き勝手言って、俺を傷つけているじゃないか」



( どうか

親愛なる )



「…すみません」
長い、とても長い空白の後、短くジェイドは言った。
ガイは、よろよろと、ようやくジェイドへ体を向けた。頭がぐるぐるした。聞きたいのはそんな記号じゃなくて。
「あんたが人の死の痛みが分からないなんて嘘だ。あんたはきっともう何もかも分かっていて、それでも自分を責め続けている馬鹿な奴だ」
「…いいえ。理解していない。私にはきっと永遠に理解する事ができないでしょう。しかし、だからこそ私は軍事に従士しきる事ができるのです。痛みを感じる人にはできない事もできる」
ガイの顔が、痛ましく歪む。ジェイドはそれをあやす術を持たなかった。
「俺が……教えてやれたらいいのにな。俺が死んだら、あんたは少しでも何か感じてくれるか?」
「ガイ…」
「俺は臆病者だから、本当に死ぬ事なんてできないけどな」
「臆病者が、戦に立つなど、できるはずがない」
「違うよ。俺は臆病だから戦い続けるんだ。死がもたらす本当の恐怖は…」

「あんたに会えなくなる事さ、ジェイド」

ガイはジェイドを見据える事がつらくなって、視線を下げてしまった。ジェイドの表情がガイの視界からかすれるように外れた。
ガイの、震える両手がジェイドの方へと、まるで願いのように浮かぶ。
「生きて、こうやって、本当は触れ合える距離にいるのに、いなければだなんてどうして言うんだ。弱音なら、まだいいさ。なのにあんたの芯にそんな意識が根付いちまっているなんて、こんなに悲しい事は、ない!」
「……………」



「あんたが好き、で」

「好きな、人達を喪う怖さを知っている俺に」

ぎゅう、と。
ジェイドは強く、強く、ガイを抱きしめた。

「俺を好きだと言う口と同じ口で、どうしてそんな酷い事を言うんだよ…」

ガイに味わわせた恐怖と悲しみを本当に分かってやれない自分が悔しくて、
抱きしめる腕にばかり力がこもった。





その日は、雪でも降りそうなほど寒くて。
ガイはジェイドの温もりを感じながら、ぼんやりと窓の向こうを眺めた。






親愛なるクリスマスの父

もしもプレゼントを配る子供たちのリストの中に俺の名前があったなら。







(ああでも俺子供の時心の中で貴方の事いないって思ってたっけ)

(じゃあリストには俺の名前は載ってないかもなぁ)




…でも。

どうか


ちょっとだけで いいから









( 安らかな夜を )



この氷細工を騙る赤い眼の羊に。





end


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