ジェイガイ

□そして歌は海向こうへ届く
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ハッピバースデイトゥーユー
ハッピバースデイトゥーユー
ハッピバースデイディア…




大切なあなたへ。





















歌を歌おう。
大切な貴方へ。




グランコクマの海風は普段から決して激しいというわけではないけれど、どうしてだろう。今日の風は、彼のまわりの風は、彼と戯れるように和やかで優しい。
月の光もまたそう。満月は世界を平等に明るくするはずなのに、彼の体にだけ淡い光を灯らせているよう。
さく、と足音を立て、彼が振り返る。
後ろ姿には声をかけにくかった、彼の表情が見えて、ようやくジェイドは口を開く事ができた。
「歌ですか、珍しい」
「聞いてたのか」
「ええ…その旋律には、聞き覚えがありますね」
「旦那も歌ってもらってたかい?」
「まぁ、子供の頃に」
「俺も」
ガイが、にっこり、笑う。
月明かりの中で、何の影もなく。
「嬉しいよな。皆が、俺のために、俺の名前を歌に乗せて、声を揃えて歌ってくれるんだ。照れくさくて、落ち着かなくて、俺は、母上や姉上に抱きついて喜んでた。歌が終わったら父上が俺を捕まえて、ケーキの上に抱え上げて、俺は上からロウソクの火を何度も息を吹きかけて消したんだ」
ジェイドは聞いた。心は、穏やかな海原のよう。
暗黙のタブーだった、誕生日という話題を口にしている彼が、笑っても、泣いても、抱きしめてやろう。そんな事を思った。ほとんど、一瞬のうちに。
「嬉しかったなぁ…」
「そうですか」
「うん。とっても嬉しかった」
ガイはジェイドに向き直った。ふわふわと、ガイの髪の毛が揺れる。花びらのように。
「もったいないよな。俺はもうずっとずっと、この歌がこんなに嬉しい歌なんだって忘れてた。震えが走るような、恐怖と絶望と、復讐心と、悲しみを俺に刻み付ける歌だって思ってた」
ばかみたいだ、と、唇は続けた。
「違うんだ。そうじゃないんだ。皆俺の事を思って歌を歌ってくれてたんだ。祝う気持ちと、嬉しがらせてやろうっていうちょっとした悪戯心と、きっと」
「貴方を愛する気持ちを込めて」
言葉の続きをジェイドが拾った。ガイはわずかに目を見開いて、滲むような微笑みをその表情に宿した。
「そう、呪いの歌なんかじゃない。

これは大切な人へ贈る歌だ」

ふわり。ふわり。
ガイがジェイドの前に、立つ。その手が、ジェイドの、両手を取った。
「聞いてもらえるか? 俺はもう二十年近くこの歌を避けてきたから、うまく歌えるか保証はないが」
「今、ここで?」
「ああ。練習したいんだ。来年のルークの誕生日に歌ってやるんだ」
「…ルークに?」
「俺、あいつに一度も歌ってやった事がないんだ。だから来年は、再来年は…ちゃんとあいつの前で、歌ってやりたいんだ。祝う気持ちと、悪戯心と、愛する気持ちを込めて、な」
にっ、と。笑った。
心からの、笑みだった。
憎しみも悲しみも戸惑いもない、…知らない、というような、笑み。
ジェイドはまばたきを数度した後、頷いた。
「いいですよ。お付き合いしましょう」
「目を閉じてくれ。間違えたら気まずいし」
「注文が多いですね。まぁ、特別に大目に見て差し上げます」
「恩に着るよ」
すぅ、と、ガイが息を吸う、気配。






ハッピバースデイトゥーユー

ハッピバースデイトゥーユー

ハッピバースデイディア…



“ J a d e ”





ジェイドの目が、開かれる。
歌が終わる、前に。





「…目は、閉じててくれる約束だろう」
「………」
ガイは、笑っている。
頬が、わずかに上気している。それは恥ずかしそうというより、しあわせそうな、あたたかい色。
「…なま、名前を間違えていましたよ」
噛んだ。
ガイは吹き出した。
普段の自分ではありえないようなミスに、ジェイドの方が紅潮してしまいそうだ。
「いいやぁ、間違ってなかったさ」
「……、……」
くすくす、悪戯が成功したというような顔をして、ガイはジェイドの手をそっと離した。くるんと後ろを向いてしまう。
「…ああ…やっぱり、嬉しいな。大切な日に大切な歌を歌えるって事は、こんなにしあわせなことだったんだ」
呟かれるガイの、ことば。
それを聞いた瞬間、目の前がゆらりと揺らいだ気がした。
ふわ、ふわ。
ガイのやわらかな髪が風に揺れる。
ジェイドはだんだんと目を開いていく。
瞳に映るあどけなさ、
無垢な仕草、
楽しげに歩く後姿は、

「…ガイラルディア…」

思わず口をついた彼の、名前。
彼は振り向くと、にっこりと、笑った。
「ジェーイド」
くすくす、揺れる、笑う、ガイラルディアの、花。
それはずっと昔に焼き払われ黒い灰だけを残していたはずだったのに。
花はまた、大地に根付き、
綺麗な姿で咲いたのだ。
「ガイラルディア…」
「ジェイド」




「誕生日おめでとう。愛してるよ、ジェイド」

「おかえりなさいガイラルディア。とても綺麗に、咲いていますよ」






end


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