ジェイガイ

□sorriso
1ページ/3ページ

空は高くて、陽の光があたたかく、海は輝いて、草が風になびいて動く。
その向こうから来る影をずっと、ずっと待っていた。
「ガイラルディア、ここにいたのね」
背中に優しく呼び掛かる声を聞いて、ガイラルディアはテラスの縁に乗せていた腕を下ろし、振り返る。背伸びをして縁に引っ掛けていた手はすっかり赤く痺れてしまっていた。
「姉上…」
「もう準備は整っているわ。皆そろっているのに、主役の貴方が来ないからパーティーが始められないじゃない」
「だって、だって姉上、ヴァンデスデルカがまだ来ていません」
「ああ…」
「絶対来るって約束したんです。ヴァンデスデルカが来ないと嫌です」
「…そうだろうと思った」
ガイラルディアはお願い、待って、と姉にねだった。姉は困ったように息をつく。実は彼女も弟との約束を破りそうなウスラトンカチをさっきから探しているところだったのだが、それはガイラルディアは知らなかった。
「でもガイラルディア、お客様をお待たせしてはいけないわ」
「でもっ…」
「ヴァンデスデルカならきっと大丈夫。少し遅れているだけよ。パーティーが始まったらすぐに来るわ。その時怒ってやればいいのよ」
「…………」
しゅん、と。ガイラルディアの小さな肩が一層小さくなる。どうしたと言うのだろう、ヴァンデスデルカは。必ず必ず来てくれると、お祝いに来ると、笑っていたのに。
「……それよりガイラルディア、ちゃんとご挨拶の練習はしたの?」
「!」
ガイラルディアはびくっとして顔を上げる。姉は青の瞳をいじわるそうに細め、なんだかころころと笑っている。
「覚えてる? 去年は母上に手を繋いでもらってやっとの思いで喋っていたでしょう。今年からは一人でお客様の前に立つのよ。あなたが泣かずにちゃあんとできるか、姉は心配だわぁ」
「そ、そんなこと…」
痛い所を突かれてガイラルディアはうろたえた。だがそれでも、小さな、小さな声で、「……しません」と言葉をくくる。すると、それをしっかりと聞き届けたのだろう姉の笑顔が変わった。いじわるな色はみるみる失せて、まるで花が咲いたように綺麗な、やさしい笑顔になる。その移りようにガイラルディアは思わずぱっちりと目を開けてしまった。
「そう。一年であなたがどれだけ成長したか、楽しみに見させてもらうわ」
「あ…」
「では、これは私からの激励」
すっ、と。姉は、隠していたのだろう一輪の花を、ガイラルディアのタイに差し込んだ。
それは自分と同じ名前の花。ガイラルディアの花だった。
「私から一足先のプレゼントよ。誕生日おめでとう、ガイラルディア」

生まれてきてくれて、ありがとう。
可愛い私の、弟。

そう言って、花が潰れないようにふわりと抱きしめてくれた、姉。
優しく自分をつつんでくれている姉へガイラルディアも笑顔で腕を伸ばしながら、姉の誕生日には姉と同じ名前の花をあげよう、とこっそり心の中で思った。










「おまえ、まだ死体漁りを続けているらしいじゃないか。噂がケテルブルグまで届いてるぜ」
「………」
「いい加減目を覚ませ。たとえそれで先生が甦ったとしても、それは先生とは別人だ。俺はそんなことで先生が、おまえが救われるとは思わない」
「………」
救われたいからしている訳じゃない。
…そう言おうとしたが、口から出てはいかず、ジェイドは言葉を噛み潰した。
窓の外はしんしんと静かに雪が降り積もっていく。それを背にした幼なじみは、何故か荒れ狂う吹雪のような心を抑え込んでいるように見えた。苦渋に寄った眉。苛立った動作。珍しい。
「戦争が始まるんだ。これから大勢の人間が争い、死ぬ」
「……」
「侵略されれば兵士も民間人も関係ない。女も子供も、すべての民が死の恐怖に晒される。―――おまえもだ」
「……私は、死を怖いと思った事はありません。貴方のように、失われる命に心を痛める事もありません」
ピオニーは厳しく眉を顰めたまま、何かを思案している。やがてまっすぐな青の瞳が、再びジェイドを捉えた。
「この戦争がどうやって始まったか、知っているか」
「マルクト領をキムラスカが侵略した為です」
「そうだ。すでにガルディオス家が落とされホド島は崩壊した」
「それを口実にマルクトもキムラスカを侵略する。分かりやすい火蓋の切られ方ですが」
「分かりやすいな。そして残酷だった」
ピオニーがバンと机を叩いた。ジェイドがその手元に視線をやる。
ピオニーが叩いたのは新聞だ。見出しはガルディオスの悲劇と戦争の開始を叫ぶ内容だった。

吹雪いている。激しく、痛々しく。

「ガルディオスの一族は全滅………その中には誕生日を迎えたばかりの幼い子供もいたんだぞ。おまえの心は痛まないのか」

ピオニーの雪をすぐそばに、しかし遠くの所で感じながら。
氷のおもての赤い赤い眼差しをジェイドは今一度紙面へと走らせ、生誕の日に十字架を建てられた子供の名を反芻する。

「 ガイ ラルディア――― 」

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ