ジェイガイ

□何でもない日
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ソファーに腰掛けて書物を読んでいたら、いつしか、彼はやってきて。隣に腰掛けたかと思えばじっとこちらを見つめてきた。最初は大した意味も感じずにその視線を受け流していたが、あんまり長い事彼がそうしているから、段々、声をかけずにはいられなくなってきた。
「そんなに見つめたら穴が開いちゃいますよ」
苦笑混じりに言ってやると、私がいきなり喋った事に驚いたらしく、ゆったりとソファーに沈んでいたガイの体がびくんと弾んだ。
「あ、悪い、邪魔したかい?」
「いいえ、そんな事ありませんよ」
まあ、読書をするには邪魔であったが、書物よりも彼の方に興味を持って行かれていたので、気分を害されるような事はなかった。ガイは安心したように私に体を寄せてくる。全く。私は彼の首を撫でた。わしゃわしゃ、愛犬にするように。
「なんだよ」
ガイはくすぐったそうに体を捻ってころころ笑う。ああ全く。この子は。
「私に何か用事でも?」
「ん? あぁ…」
ぼやけた返事。ガイの手が、触れている私の手に重ねられる。…なんというのか、ガイの雰囲気がいつもと少し違うように感じた。頬を寄せる仕草も、いとしそうに、と形容するには何かが違う、それよりも、もっと、幼いもの。私が首を傾げていると、ガイがそっと口を開いて、はにかんだおもてをやわらかくほほ笑みの形にしてみせた。
「ちょっと、旦那に触って欲しくなっただけさ」
「…………触って欲しかったんですか?」
思わず言葉そのままに聞き返す。いきなり何を言いだすんだ、彼は。
するとガイは一瞬ハッとした様子で、慌てて説明する。
「…ぁ、いや、その、本が…さ、でも一応、待ってたんだけど」
いや、説明には不十分な言葉だったが、私はパズルのピースを当てはめるようにぱちぱちと仮説を立ててみた。確信がない事は、口にしない主義だ。だけどそんな事は端に置いて、今は頭の中に浮かんだままを述べた。
「私が本を読み終わるのを待っていたんですか?」
「そ、…う」
「そして待ちくたびれて、ここへ来た、と」
「…そう」
聞いていくと、彼は首を縦に振る。
なるほど。
そして、
その理由が、何だ。
彼はさっき、なんと言っていた?……




( ああ )

( …もう )

言葉が見つからないとはこの事。



「いい、ですよ」
「えっ?」
「読書の時間は終わりました。貴方の望む通りにしてあげてもいいと言ったんです」
触れて、あげますよ。
吐息を混ぜた声で耳元にそっと囁くと、元々赤かった顔がさらに赤くなる。鈍い彼でもさすがに意味を汲み取ったか。
「そっそういう意味じゃない! 俺は、さっきので充分だよ」
「あんな事で?」
「充分」
必死な顔して。くすくすと笑みがこみ上がるのを抑え切れなかった。彼がその意味でああ言ったのではない事くらい分かっている。
「そうですか。では」
「ん…? ぅわっ!」
どさり! とガイの体をソファーに倒して、その上に覆い被さる。ばさりと書物が床に落ちる。
「あんな事で貴方が満たされて笑ってくださるなら、私はずぅっとそうしてあげます」
「へっ…?」
「いえ…そうしたい。したいので、させてください。ガイ」
「わっ!」
くしゃっ、とガイの髪を混ぜるように撫でた。あんまり近い場所で見つめられながらそうされるのが恥ずかしいんだろう、ガイは慌てた顔で私の手首をつかんだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ、な、何だよこの展開!」
「おや、こうされたかったんでしょう?」
「ち…っ、も、もういいって言っただろ!」
「まあまあ。いいじゃないですか、たまにはこういうのも」
「〜〜〜〜っ」
ガイはきゅっと唇を結んでしまう。
自分の事にはとことん鈍い彼の事、きっと言葉の通り、「なんだか触ってほしいなあ」くらいの気持ちでこちらに来たんだろう。だけどその気持ちは何に起因したものなのか? そこを思いつくまでには至ってないのだ。

物寂しくて、無性に誰かに甘やかしてほしくなった時。
その役目を自分に任せてくれた事が、嬉しくて嬉しくて。
過大だと分かっている。
だけど、もうめちゃくちゃに、甘やかしたくなる。

……これは、きっと『どうしようもない』と、表されるのだろう。
まあ、そんな事、かまわないのだが。

「さあガイ……どこを触ってほしいですか…?」
かぷ、と首を軽く噛む。
それをたくさん繰り返す。
「やっ…も、もういいって! 旦那っ!」
わめくガイからほほ笑みながら離れる。ガイは唇の触れた首と、恥ずかしがった時の癖の口元を手で覆う仕草をしている。
それを見た時私は思った。この子、この掌の上で、ずっところころ転がしていたい。それはずる賢く意地悪な意味ではなく、ただ、ただ、そのまんまの意味。
さて、どうしたらこの子の口を覆う手をどかすことができるのだろう。
そうしないとキスができない。
平凡な昼下がりに与えられたこれ以上にない楽しい謎解きに、ジェイドは胸を躍らせた。




end


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