ジェイガイ
□ジェイドと10センチ
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ソファに腰掛けて読書をしていたジェイドは、ふと何か気配を感じて視線を上げる。
少し向こうからちょこちょこと走り、何か大きなものを抱えたガイがこちらへ来るのが見えた。急いでいるのか、いっしょうけんめい走っているのだけれど、なにせあの子はちっちゃいものだから、どうしてもちょっとずつしか進まない。
でもジェイドは出向かないであの子が走ってくるのを眺めていた。ジェイドはてのひらに乗ってしまうくらい小さいあの子が何かするのを眺めるのが好きだった。
じぇいどーじぇいどー
「はいはい、何ですかガイ」
名前を呼ばれ、微笑んで返事をする。
足元までガイが来ると、さすがにジェイドも手を出して、ガイをソファの上まで運んであげた。いつもなら高さにもめげず足を上ってくるガイだけど、今はなんだか荷物も背負っているし。
ガイがその背に乗せているのは、ガイの体よりは小さいビスケットだった。たぶんティアからもらったんだろう。お菓子が大好きなその子はしあわせそうな色に頬を染めきらきらした目をしている。
じぇいどー
「何ですかガイ?」
ぽっけをかしてください
「は?」
きらきらしながら言われた言葉の意味を理解できず、ジェイドは思わずきょとんとしてしまう。
だけどガイはもうぎゅっぎゅっとジェイドのポケットにビスケットを押し込んでしまった。ビスケットは紙につつまれておらず剥き出しのままのもの。ジェイドはちょっとだけ体を引きそうになる。
ぽーけっとーのーなーかーにーはー
びすけっとーがーひーとーつー
歌を歌い出してしまった。
ジェイドはまばたきをしてなんだかわくわくしているガイを見つめた。
ぽーけっとーをーたーたーけーばー
びすけっとーはーふーたーつー
「……………」
ふーたーつー
「…ガイ」
たたいてー
たたいてー
ポケットを叩いて起こる夢のような出来事への期待に飛び跳ねそうな様子で、ガイはジェイドにおねだりしてくる。
ジェイドは、……人の良い顔を作ってガイに笑いかけた。
「ルークのポケットでやると良いのではないですか?」
それはだめです
きっぱり言われた。何でだ。
るーくにびすけっとぷれぜんとするのー
…ああ。輝いてる理由はそれなのか。この子は彼が大好きだから。増やしたビスケットを彼と二人で食べようと目論んでいるのだろう。(ティアも報われませんね)
ジェイドは………さっきの笑顔を浮かべたまま………すごく葛藤した。
きらきら、きらきらして、ジェイドを見つめるガイの………純粋な……目………
「…………………」
きらきら……
ばきぃ!
ちょっと力を込めて、ジェイドは自らのポケットを叩いた。歓声が上がった。
わぁぁぁ
「…はい、ふたつ」
すごーい すごーい
じぇいどのぽっけはまほうのぽっけだなー!
わあわあとはしゃぐガイにビスケットをふたつ渡して(実際は割れて半分になっただけなのだがそこはガイはかまっていない、気付いて、ない)ジェイドはルークの元へ向かうのだろうガイをソファから床へと下ろしてあげた。
ありがとうじぇいどー!
きみのぽっけにかんぱい!
訳の分からないせりふを残して、ガイはまた急ぎ足で(だけど実際はかなりゆっくり)ジェイドの元から去っていった。
それを見送るジェイドはこっそりポケットに手を入れてみた。案の定、粉々になったビスケットの欠片がポケットの中に散らばっている。溜息をついた。とりあえず粉を出そうと一旦上着を脱いでゴミ箱の上で粉を掻き出した。軍服のポケットの裏地は固く表に引っ張り出せないので手間がかかる。これがあの子じゃなくて幼馴染の皇帝なんかがやらかしたのなら即行でグランドダッシャーでもかましてやるところだ。
でも。
きっとあの子はビスケットを大好きな人に渡して喜ぶのだろう。
大好きな人と並んで幸せそうにビスケットを頬張るのだろう。
それを想像しただけでも、ジェイドにはガイを迎えた時の微笑みが戻る。まあこれくらいいいだろうと、ポケットの掃除も苦にはならないのだった。
でもその後、ジェイドの『まほうのぽっけ』には半分にされたビスケットが常備されるようになったとかならないとか。
end