ジェイガイ

□usual
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「何をしているんですか、ガイ」
「ああ、先に食堂に行っててくれ。俺はこれだけ終わらせてから行くよ」
夜も更けた頃ようやく着いた街の宿で、ガイは部屋にこもっていた。ベッドに腰掛け、ジェイドの呼びかけにも面を上げず、真剣な眼差しを手元に送っていた。旅の道中に身に着けていた『騎士の服』の修繕を行っている最中だったのだ。
「破けたんですか」
黒のタートルネックのままのガイの肩越しにジェイドが手元を覗き込んできた。
「ああ…今日の戦闘の時かな…気付かなくてさ」
丁寧に針を刺しては抜き、裂けた生地を繕っていく。
これはガイの従姉が夫となる男へ渡すはずだった服だ。彼女は長い日々をかけ彼と婚約し、『花婿のために花嫁が針を入れた衣装を持って嫁ぐと幸せになれる』という故事に倣い彼のために服を仕立てたのだが、結婚式の直前に彼は帰らぬ人となってしまった。貰い手を失ったこの騎士の服は、彼女の手からガイに授けられた。
以来ガイは時折これを着ていた。彼女の悲しみを預かるように。彼の面影を懐かしむように。
ジェイドがガイの隣に腰掛けた。ガイは顔を上げる。
「まだ少しかかるから、先に食堂に行っててくれないか?」
「そんなに邪険にしないでくださいよ。寂しいですねぇ」
「べつに邪険になんてしてないだろ。腹減ってないのか?」
「それは貴方も同じでしょう?」
「少しかかるぞ?」
「構いませんよ」
そう言ってジェイドは、ガイが衣服に針を入れる様子をずっと眺めていた。ガイは、なめらかに繰り返していたはずの手の動きがまごついてしまうのが自分でも分かった。何をそんなに見てるんだろう。
「人が裁縫してるの見てて面白いか?」
「はい?」
「そんなにじっと見られるとやりにくいんだが」
「ああ、すみません。つい」
「何がついなんだ?」
「いえ。――将来の貴方も、こうやって私に服を仕立ててくれるんだろうなと、想像してしまったんですよ」
そう、さらりと告げられた言葉を、ガイは一瞬理解できなくて。
思わず顔を上げてしまう。ぽかんと見つめた赤い目は、自分を見つめ返して、穏やかに細まった。
――その時自分の体を押し上った感覚を、ガイはどう表現すればいいのか分からなかった。
こみ上げてくるのは驚き、羞恥、焦り、戸惑い、
喜び、
激しい、目の前の男への愛情――
指先から針が落ちかけた。今すぐジェイドに飛びついてしまいたかった。だけれど、ふと目に映った黒衣と深紅のマントがガイにもう一度ソファに腰を落とさせた。
「その服に、針が入ってるんじゃないのか?」
一生懸命余裕ぶって、そう笑ってみせてやった。そうしたらジェイドは一瞬のうちに最上級まで不愉快な表情になってしまい。その変わり様が想像以上におかしくて、ガイはたまらずに吹き出した。大笑いした。
「どこで覚えたんですか」
「はははは!」
「人をからかうなんて、悪い子ですね」
「旦那が先にからかったんだろ?」
「おまけに人の気持ちを真剣に受け止めてもいないんですね。これはお仕置きものですねぇ」
ずい、と顔を近づけられる。まっすぐに絡まるお互いの視線。
「気持ちを信じてもらう手段が、『お仕置き』なのか?」
「不服なら強引に私のものにしてしまいましょうか」
「ひどい奴だなぁ」
「私は悪の譜術使いですよ」
ジェイドの片腕が動いた。ガイももう口を閉じ、瞳を伏せる。
「こうやって、自分の見初めた花嫁を攫ってしまうんです」
ばさりと深紅のマントがガイをくるんでしまい、二人はその中で唇を重ね合った。





end


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