ジェイガイ

□いい夫婦になるまで
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恋なんて綺麗な言葉は思い浮かべるだけでぞっとするし、愛と形容できるほど積み重ねた情もない。
自分と奴とを繋いでいるものは、一体何なんだろう。
好きなのかどうかという単純で根本的な問いにすら答えが揺らめいてしまうのは、さすがに自分でもどうかと思う。
好きではないのかと問われれば、反射的に肯定してしまいそうになるのは、まあ、許容されたい。
嫌いなのかという問いには、かろうじて首を左右に振れるようだ。そんな相手と深い仲になるほど荒んではいないつもりだ。
ならば。
割り切った関係か。……と言えるほど淡々としてはいない。性悪眼鏡の一挙一動には感情が波打って仕方がない。
フラットな関係か。……能力や立場からすればそうではない。けれど、旅の道連れとして過ごした時間は短くないためか、他にはない気安さがあることは間違いない。勿論何が藪蛇になるか分からないので、結局の所油断はならないのだが。
(そんなんで、どうして関係を持つのかね)
ガイは思考を整理する。
恋ではなく愛でもない。そもそも好きかも判らない。
(それでも、関係を解消しようとは思わない。今は手放すことは考えられない。どうしてだ)
蛇さえ出てこなければ、不思議と奴との空間の居心地は悪くない。むしろ藪のつつき合いを楽しんでいる所もある。そうこうしている内に深みへすっ転んでしまったのだが。
(種が割れてるのを分かっていてなおかつ駆け引きを楽しんでいるような、遊びだ。そう、それで)
負かしてみたいのだ。いつか。
あの男の取り澄ました顔を、荒くる感情で波立たせてみたい。自分がそうさせられたように。
そこまで考えてガイはどこともない空を見つめ、長い長い溜め息をついた。






「杞憂という言葉は天や地の崩落という無用の心配から来た言葉なのですが、今やそれが現実となってしまいましたからねえ。いかがです? これからは貴方の、私を負かすなどという空言を代わりの由来に据えてみては」
「…はは。その必要はない。なんせ未来ってのは変容する。天地の崩落のようにあり得ないとされたことだって起こる。あんたが取って食われる側にならないなんて保証はもうどこにもありはしないのさ」
思い悩んでいる時に酒の席になど着くものではなかったと、ガイは口を滑らせた自分を叱咤するようにグラスを呷った。
「なかなか気概があるようで何よりです。どうぞそのままもがいていてください」
もっと囃し立てられるかと思ったが、性悪軍人は意外と食い付いて来なかった。その言葉は不思議と嫌味たらしくなく、むしろ実直なものに聞こえた。長く、長くと、願っているような声に。そんな彼をガイもまた突っつくことはせず、思わずさらなる内情を吐露する。
「……恋人関係なのに、負かしたいなんておかしいだろ」
本来恋人へは、大切にしたいとか喜ばせたいとかそういう気持ちが生まれるものではないのだろうか。経験がないので想像だけだ。心の奥にその気持ちがない訳ではないが、それをさておいても優位に立ってみたいと思う。幼稚だと思った。まるで好意を抱いた相手に意地を張る幼い子供のような思考だと。子供ならば可愛いものだが、成人男性としてはまるで未熟で、落胆してしまったのだ。
「一般的な恋愛をお望みなら、そもそも私は性別的にも適当ではありませんね」
「そこ…はもうとやかく言うつもりはない。今は、あんたとの話をしてるんだ」
可愛い女の子が相手だったらこんなことで悩んだりしない。はずだ。ジェイドはワインボトルを取り、ガイのグラスへ傾ける。トポトポと液体の注がれる音が耳に心地よく、ガイは靄がかる心の慰めにそれを聞いた。
「貴方の言を借りるなら、時間をかけて積み重ね続ければ、そんなものでもいつかは愛に変容するんじゃないですか」
(だから、長く、長く)
(どうぞ、そのまま)
ガイははっと目を開いた。
「私達を繋ぐものは恋でもなければ愛でもない。けれどいつかそのような名を持つに相応しくなる日がくるのかもしれない。普通じゃなくとも。外からそうは見えなくとも。自分達だからこその無二の形となる。そんなものじゃないですか」
無策に視線をジェイドへとやってしまったものだから、ガイはにっこり微笑むその顔を真正面から捉える羽目になった。心臓が締まり、噴き上がった血で一気に頬が染まった。
「ま、来なかった場合の補償はしませんが」
「…はっ」
ガイは皮肉に笑う。それで立ち上る熱を隠せたかどうかは知らない。手酌しようとするジェイドからボトルを取り上げ、彼のグラスにワインを注ぐ。
「じゃあ、覚悟しておけよということで」
「はい。天を崩さんとする貴方の奮戦、楽しみにしています」
ジェイドが上げたグラスにガイは腕を伸ばして己のそれを合わせた。チンと鐘のように響く音は果たして銅鑼か、それとも。




end


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