その他

□予感
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「ヴァンデスデルカ…」





「……―――ガイ」
色を含まぬ声を返されて、はっ、とガイは口元に手をやる。しまった。
「どうかしたのか」
「―――いえ…何でも」
臍を噛む。迂闊な事を。誰が通るともしれない屋敷の廊下で、何を口走っているのだ、自分は。
それはこの屋敷では禁忌の名なのに。
「……失礼します」
ガイは頭を下げて、その場を去ろうとする。しかしその身体を、後ろから突き飛ばされてしまう。突然の強い力にガイはよろけて、廊下の端、柱の影に、手をついて、止まる。
振り返る前にもうヴァンにその身体を抱きしめられていた。
「ヴァン……様」
「ここなら、誰にも分からない」
「………」
「安心なさって下さい……ガイラルディア様」
ヴァンが…ヴァンデスデルカが優しくその名を囁くと、ガイは自分の中にある心の鍵が、かちりと回された気持ちになる。そうして解放されたら…ガイは本来の自分に戻る。
ガイラルディア・ガラン。
それは、泣き虫で臆病なこどもの名前。
「…ヴァンデスデルカ」
ガイラルディアはヴァンデスデルカの首に腕を回した。大きな体にしがみつくように、ぐっと力を込める。
「…御機嫌麗しくないようですな。どうされたのです」
「ん…? うん…」
自分の為に、自分だけに囁かれる、太く、張りのある声。それは耳からすうっと入って、じんわりと全身を満たす。
「なぁ…、もっと喋って」
「は…」
「何でもいいよ、何か喋って」
「ガイラルディア様…?」
ヴァンデスデルカが困った顔をする。それは、そうだな。誰でも突然スピーチプリーズなんて言われたら困るよな。何を? 何でもいい! ああ困る困る。ガイラルディアはくすりと笑った。
「じゃあ…歌が聴きたい」
「…子供の要求ですぞ」
「いいだろ? おまえの歌は」



「俺の故郷そのものなんだ」



やさしいヴァンデスデルカ。
おしごとのあいまにこっそりおうたをきかせてくれる。
やさしいこえ。
やさしいおと。
どこへもいかないで。
ずっとずーっとそばにいて。
いつもあったかくて
ちからづよくて
わらっている
やさしいヴァンデスデルカ。
これからもずっとそばにいてね
そばにいてね




「側に……」
「…ガイラルディア様?」
「…ううん…」




幼き日の願いがどこかで声を上げて泣いている。



ガイは、そんな気がして仕方がなかった。





end

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