その他

□adagio
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・ガイはパーティを離れエルドラントで主にシンクと暮らしてます
・シンクが連れていっちゃいました
・ガイがそれを望んだのかは微妙です
・でもガイの意思でエルドラントにいます
・七神将ではありません




::::::




「おまえってさぁ、髪いっつもガチガチなのな」
ふいに奴はそんな事を言ってきた。ああまただ。シンクは息をついた。奴は何かと自分にかまってくるので鬱陶しい。シンクが座っているソファーの背もたれに体を預けたガイが真上から話し掛けてきた。シャワーを浴びた体から湯と石鹸の匂いがする。
「触らして」
「やだね」
「ケチくさい事言うなよ」
「い、や、だ、ね」
伸びてくる手をパンと弾くと、奴はムキになる。
「髪くらい触らせろ。さもなきゃシャワーの後襲いに行くぜ?」
「…それ、誘ってるつもり? 返り討ちがお望みなら、今からでも相手をしてあげようか、伯爵サマ」
「………滅相もありません」
ぺしゃりと沈むガイをほったらかしにして、シンクは立ち上がる。
「くだらない事言ってないで、シャワーが空いたんならさっさと使わせてよね」
「タオル置いといた…」
ソファーの背に沈んだままのガイがひらひらと手を振った。参りました、とでも言わんばかりの格好に、シンクは表情には決して出さないまでも、ちょっとだけふわりとした気持ちになる。
奴は何かと自分にかまってくるので鬱陶しい。鬱陶しいけど…ああいう所は、少し気に入っている。





シャワーを浴びる時に大変なのは、やはり髪。整髪剤を落とすのに一苦労する。
正体を隠す為に、また己自身が被験者と決別する為に立たせた髪。こうして下ろすと嫌でも視界に入る緑が忌々しい。シャワーを止め、シンクは顔に張りつく髪を無造作に掻き上げる。
「シンクー」
突然脱衣所の扉を叩かれ、シンクは驚きと呆れにぽかんと口を開ける。
「…うわ、ホントに襲いにくるとは思わなかったよ。でもノックするなんて、頭が足りないんじゃない」
「変態な上に馬鹿扱いか。おまえは本当に口が悪いよ」
「で、アンタは返り討ちがお望みなわけ?」
「違うっっ!…服着終わったら、部屋来いよ」
「?」
「髪、梳かしてやるよ」
それで、扉の向こうから気配が遠退く。
「……………」
シンクは無言で服を纏い、鏡の前に立つ。そしてタオルを髪に当てて水気を拭き取り、そして、整髪剤を手に取り、そして――――
――――ばたんっ
今度は、扉が開けられた。
「あぁやっぱりっ。人の申し出をあっさり無視するな!」
「鼻が利くね」
「おまえみたいな捻くれ者は、意外と行動がパターン化してるんだよ」
その物言いにむっとして乱入者を睨み上げると、奴も睨み返してきた。
「ほらっ、来い!」
手間をかけさせるなとでも言いたげに手招きする奴は、なんだかこんな事態には慣れているようだった。シンクは苦虫を噛み潰したような顔になるが、奴の言う"パターン"通りに髪を整えるのも癪に触る。睨み付ける事で反抗を示していたが、結局不本意ながらも、ガイの後をついて行った。
「何か飲むか?」
「……水」
「分かった、座ってな」
「………」
部屋に戻ると、机の上にはすでにタオルと櫛が用意されていて、やる気が満々といった感じ。シンクは顔をしかめる。ソファーに腰掛けながら用具を一瞥し、思った。何この準備の良さ。さすがは元使用人って事?
主従関係でもない自分にすらこうして世話を焼くのだから、すっかり使用人癖が染み付いているらしい。それとも元々そういう質なのか。何にせよ奴を盗み見てみると、なんだか楽しそうにしているから鬱陶しい。大体人の髪を梳く事の何がそんなに楽しいのか。まったく理解できない。
「ほら、楽にしろよ」
ぴくっ、と。シンクの小さな肩が、僅かに揺れた。
ガイは既にタオルを手にシンクの後ろに回っている。
シンクは、…ぎこちなく水を飲んだ。温まった体に心地いい冷たさのはずの水。だけど、まったく、現実味のない水だと感じた。それでもなんとなく飲まずにはいられなく感じた。ガイはシンクがコップを置くのを待っている。
………何でこんな事に。
改めて自分の置かれた状況を確認し、シンクはひどく気まずい気持ちになった。何でこんな事に?
シンクにとってこの緑の髪は、自分が代用品である事を嫌でも認めさせる忌々しいものだ。その、髪を。他人に触らせるなんて、生まれてこの方許した事がない。
なのに。
どうして今のこの状況を、自分は覆そうとしないのか。
決して、受け入れている訳ではない、けど、このままでは確実に受け入れる事になる、のに、何故か、何故か、動けない。
シンクはらしくなく動揺する自分の気持ちが理解できなかった。ぐるぐる思考が回って落ち着きなく水を飲もうとコップを傾ける、が。いつの間にかコップの中は空っぽになっていて。
あ、と、思った、瞬間、
やわらかなタオルがふわりと頭にかぶさってきた。
「………っ!」
ぎくり、と明らかにそれと分かるほど大きく、シンクは身を緊張させた。
「……何だ?」
「…………」
ガイが後ろで訝しがるが、シンクが黙っていると、それ以上口は出さずに手を動かし始めた。
わしゃわしゃと大胆に、だけど何故か丁寧さを感じるような動きで髪の水気を拭き取られる。
―――接触を許してしまった。
シンクは緊張を解けぬまま、その事について思考を巡らせた。
粗方水気を取り除くと、タオルごしに感じていた手が、直に触れてくる。シンクは唇を横に結びながら、またそれを許した。今まで誰に触れられる事も許さなかったというのに………まぁ、六神将という位にいる自分に触れてこようなどという者もいなかったが。だけど奴は当たり前のように指を髪に差し込み、乾き具合を確かめている。撫でるように動かされ、シンクは下唇を軽く噛む。何だか落ち着かない。そんな心情を感付かれてやしないかとひやひやする。
大体、何でこいつは突然髪の毛を梳くなんて言いだしたんだろう。未だ使用人癖が抜けないにしても、こんな事まで体に染み付いたりするのだろうか。
「意外と髪が長いな」
ぴく、と体が跳ねる。奴が何をしても一々緊張する自分自身に腹が立ってきすらしてきた。
…と。
それまで、ずっと動いていたガイがふと、シンクの髪を一房手に取り、止まる。
「――……?」
シンクはそんなガイの隙に少しだけ落ち着きを取り戻す。こいつ、今度は何な訳?
ガイはシンクの髪を取ったまま、じっとしている。シンクは未だ騒ぐ心を無視しながら、振り向かないままにガイの様子を探る。ガイは指の腹で髪を撫でた。とても優しい仕草で。とても、大切なものを、扱う仕草で。
今までと雰囲気が変わった。いっそ図々しさすら感じていたのに、突然、変わった。―――まるで別のものに―――まるで別のものを―――その髪に重ね合わせているような、気配。
そこまで考えて、シンクの脳裏にあるものがよぎる。


赤の、髪。
長いそれを梳く、使用人の――――手。







バシンッ!


櫛が、勢い良く転がってどこかにぶつかって止まる。
弾かれた手を反射的に庇いながら、奴は青い目を驚愕に見開いている。
シンクはガッとその腕を掴み、ガイの体を自分の座っていたソファーの上に力ずくでねじ伏せた。突然苦痛に襲われ引きつった声が奴の喉から漏れる。
「言っておくけど―――」
シンクはガイの体を跨ぎ、首を絞めるような強さで襟元を掴みながら、言う。たぎるようで冷たいその響きに、押さえつけられたガイはシンクから目を離す事も叶わない。
「ボクは、代用品にされるのが一番嫌いだ」
「……ぅ…」
力を込められ、呻く。
緑に映るのは憎悪だ。
ガイはそれを頭で理解するよりも早く本能で感じ取る。
「…………シ……ン…ク」
ギリギリと締められた喉から、名前が零れる。
「…!」
バッ、とシンクはガイの襟から手をどける。途端ガイは僅かに咳き込むが、奴はそれをこちらに悟られまいと息を自ら詰めたようだ。シンクは忌々しげにガイを睨むとガイをソファーに再び叩きつけた。
「シッ……」
「ボクはアンタの為に心を痛めたりなんかしない。そんな優しさは持ち合わせていないし、脆くもない。―――アンタの大好きなご主人様がそうであったならご苦労様だね。ずっと苦しさを隠してきたんだろう?」
「違……」
「違おうが何だろうがどうでもいい。ただ、ボクをそいつの代わりにする、その事が許せないだけさ!」
「な…!?」
ぐっ、と。再びガイの襟を掴み今度は引き寄せて、唇を奪った。奴が初めて抵抗らしい抵抗を見せた。シンクを振り解こうと暴れるが、そんな抵抗などシンクにとっては些細なものだ。腕に込めた力には何の影響もない。そのまま酷い程に優しく、ガイの唇を嬲る。舌を落とし、唇や頬を悪戯に辿る。いやだ、という声が上がれば、もっと深く味を見てやりたくなる。とことんまで痛めつけて、もう二度と自分に赤い面影など見出せなくなるまでに。
そうしてガイの衣服に手をかけようとした、その瞬間。シンクは驚きに目を見張る。
ガイの抵抗が止んだ。
止んだどころか、
――――挑み返してきた。
思わず呆けた唇を割られ、舌がこちらの口内に入り込んでくる。絡められた舌をほったらかしてしばらく観察してみたが、ひどく拙い舌だ。
シンクが顔を離すと、奴は息こそ乱していたが、挑戦的な顔をしていた。
曇りない青の瞳、真剣な声が、こちらに語りかけてくる。
「おまえが何をどう思ったか知らないが…俺はおまえを誰かの代わりだなんて思っちゃいない」
「…………」
シンクは真っ直に己を射抜く眼差しに目を細める。…いっそ、弱々しく許しでも乞えば、こいつの事を見下して終われたというのに。
シンクはするりとガイから退いた。途端、緊張状態から解放されたガイが息を吐く。奴の視線が、離れる自分を追っているのを背に感じる。
「シンク」
名を呼ばれる。
「シンク………」
――――……。
「もう寝る。………髪は明日やって」
少しだけ振り返ってぶっきらぼうにそう言うと、ガイがぱちりと目を開ける。だけど、それからすぐ苦笑いに似た、くったりとしたほほ笑みを浮かべたから、シンクはその表情の変化にまた驚いて、さっと顔を背けてリビングを出る。
何で笑う。たった今、襲われかけたというのに、何で笑っていられる?
(単純? 寛容…?……それとも)
すたすたと早足に寝室へ向かい、そのままの勢いで寝台に突っ伏す。
「ただの………馬鹿」
緑の髪が白いシーツに散らばる。
視界に入る、緑。
奴が触れていた、緑。
「……、………」
それは、今だけはシンクの心に憎しみばかりを与えない。薄暗い心に何かが灯る。その事に少しだけむっとしながらその灯に寄り添い、滑らかなシーツの感触と、体に響いた奴の己を呼ぶ声を感じながら、シンクはゆるやかに瞳を閉じていく。
奴は何かと自分にかまってくるので鬱陶しい。
鬱陶しい、けど。今日……また少しだけ、あいつの事を、気に入った。







end

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