その他

□道徳に背く曇り空
1ページ/1ページ

貴方は生き残らねばなりません

姉上が最後に俺に残してくれた言葉だった

でも父上も母上も姉上もいない世界が

俺の“生きなければいけない世界”なのかどうかは大いに疑問だった

(ガルディオスの跡継ぎ、とはいえ、大切な人達がいない家の主になったってしょうがない)

愛していたのは両親と姉

幼馴染

いっしょの時を過ごした従者たち

(大切な人達のいない世界で)

(生きろというのは残酷です)








「ガイ」




呼びかけにふっと目を開け、ガイは意識の淵から還ってくる
カサカサしたものが襟にくっついている
見てみればそれは枯れかけた葉っぱ
今ガイが腰掛けている木の枝の幹から散ったものだ
一人になりたくて登った背の高い木
考え事をしていたらずいぶん長い事ここにいたのだという事が分かった
辺りはすっかり夕焼けに飲まれ
愛憎ないまぜの色に染まっている

「何をしている、ガイ。早く降りて来い」

ガイが目線を、下へやる
そこには紅髪の小さな少年
ガイは聞こえない振りをして
木の枝から投げ出した足をぷらぷら振って見せた

「ガイっ、危ないぞ! お、落ち」

落ちるかよ
冷たく小さく呟いて
足をぷらぷら振って見せた

ザッ

何かが削れるような音がした
音のした方を見下ろせば
少年が貴族服のまま木に登ろうとしがみついていた

ガイはしばらくそれを横目で見ていた

まだ片指を折れば事足りる程の歳で
少々過保護気味の母に見守られて育つ少年が
木登りをやった事があるとは思えない
すぐに諦めるさ
そう思ってガイは視線を戻す
だけど予想に反して少年は
同じ所を行ったり落ちたり
だけど幹にしがみつく手は
一向に離れていこうとしない

ザザザッ

長い音がした

ガイが再び目線をやると
少年は木の根の所でうずくまっていた
落ちたのか
探りながら目線を送り続けていると
少年が顔を上げて
また腕を上へと伸ばす







「ルーク様」

ガイは振り向いて少年の名を呼んだ

「どうかされましたか? そんな所で」
「あ…ガ、ガイ」

遠目だったが
ルークは少し情けないような顔になっているように見えた
普段からべそをかくような子供ではないがそれでも子供は子供
痛みには弱い
ガイは立ち上がった

ひょい、ひょい、ひょい

と、ガイは身軽に枝から枝へ飛び移り
適当な高さまで来るとひらりと飛び降りた

すたん

ガイはルークの隣に降り立ち
改めてルークの様子を見た
ルークは砂や木の屑を顔につけて瞳はちょっと潤んでいて
だけどぱちくりとその大きな瞳を開いていた
子供を泣き止ますにはおどかすのがイチバン

「が、い、すごいな、もう、降りたのか」
「手慣れたものでしょう」
「俺は、俺、ガイを、探してて、見つけたらガイが、木の上に、いたから」

「ガイ、高いとこ好きなのか」



おかげさまで
あまりに憎くてお仕事用の笑顔もできなくなった時は
よく登らせていただいております

「ルーク様、お顔に泥が」
「あ、これは」
「お拭きしますので」

ハンカチで顔を拭ってやる
すりむけたところもあるみたいで
迷ったが
自分の唾液をハンカチに含ませて傷に当てた

「しみますか」
「しみない」

ぐにっとゆがんだ顔で強がる
ガイは傷口から念入りに砂を取る

「はい、いいですよ」

すっとルークから離れる

「あ…」

ガイはこのハンカチをどこに捨てようかと考えながらルークに背を向ける





「ガイは やさしいな」





ぴた、と
思わず凍りつく

「は」
「ケガも治してくれるし、今も、俺に気付いたら、すぐ木から降りてきてくれた」

はにかんだようなほほえみ

「…あり、がとう、ガイ、ガイがいてくれてよかった」
「………どう…して、急にそんな事を?」
「急にじゃない、いつも思ってた。
――――伝えたのは今が初めてだったけど、いつも、思ってた」




「ガイ、これからも俺の側にいてくれるか?」


「もちろん です ・・・ルーク様」


にこ、っとルークは笑って
駆け出して、行った
途中振り返って手を振ってきた
それに応えるように手を振った
取り戻したはずのお仕事用の笑みを浮かべていられたかどうか
すでに分からなく なっていたけれど








………違う
俺は気付いてない振りをしてただけだ
それを知らずに怪我までして
挙句
ありがとうなんて
俺がおまえに向けている笑顔は
おまえの事が憎いからできる顔なんだよ
やさしさは
偽物で
騙されて
馬鹿な奴








「   」









じくり、と

胸の内に滲んだ痛みの名に

気付かない振りをして蓋をした





鍵を閉め

警告の文字を刻み

憎しみを重石にして

復讐の道のりを歩いた




薄暗い空色に茜の光が差した日の事だった。







end

次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ