その他

□サンタが街にやってくる
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あなたから
メリークリスマス
わたしから
メリークリスマス
サンタクロース イズ カミング トゥ タウン





「なぁっ、ヴァンッ、一生のお願いだ!」
ぱんっ、とガイの手のひらが何度目かの小気味いい音を立てた。それを手に負えなく思いながら、ヴァンもまた何度目かのため息をついた。
「…お断りする。何度言わせるつもりなのだ」
「そこを何とか。埋め合わせは絶対するから」
「他を当たるがいい。私はお断りだ」
とんとんと書類の束をそろえ、机の端に置いた。ガイがぴんっとアンテナを張る勢いで、すかさずそれに食いつく。
「休憩だな? よし、俺がお茶を淹れてきてやる。コーヒーか? それとも緑茶か?」
「…ガイ」
「コーヒーだ! 眠気覚ましにコーヒー淹れてやる! ヴァンは座ってていいぞ!」
びしぃっと勝手に決めて反論を聞いてなるものかとすたこらキッチンに逃げていくガイ。ヴァンは中途半端に開いた口から、やがてふー、と息を吐いた。仕方なしに、革張りの椅子の背もたれにゆっくりもたれかかった。
サイフォンをサイドテーブルに置いてコーヒーを作りながら、ガイはしゃべり始めた。
「今年はどうしても、してやりたいんだ」
こぽこぽという音とガイの動く音を聞きながら、ヴァンは黙って次の言葉を待った。
「あいつ、な。サンタクロース、信じてんだよ」
眉をしかめた。あいつ、が指す人物を思い浮かべたからだ。あの、ガイの家に図々しく居座るファブレの息子。ヴァンは彼をこころよく思っていなかった。記憶を失くしていようが何だろうが、あの赤い髪がこの青年の体に絡みつくのを思い浮かべるだけで、ヴァンは腹が煮え千切れる思いだ。それなのに当の本人は、懐かれている事に喜びすら感じているのだから、何も言う事ができない。いっそ勝手にしろと両手を上げてもいいのだが、それをしない位にはヴァンはガイに甘かった。ガイは竹べらでコーヒーをほぐしながら続ける。
「去年は、俺がプレゼント用意してさ、夜中に枕元に置いたんだ。あいつ、幼稚園児かってくらい喜んでさぁ、そーゆーとこ、可愛いんだけどなー」
ほのぼのと笑うガイに、ぴく、とヴァンは眉を跳ねさせる。惚気話か、子供自慢か。どっちにしたってヴァンには面白くない話だ。
「なのに、今年は…サンタなんていないって、言い張っちまって」
「夢から覚めたのだろう」
「いーや、どうもルークの兄貴が何か言ったらしいんだ。サンタはいない、アッシュが言ってたって、あいつ散々喚いたんだから」
「兄弟喧嘩に巻き込まれたのか。災難だな」
「まぁなぁ、…去年、俺がサンタ用のプレゼントしか用意してなくて、俺からはやってなかったんだ。ケーキとかも作ってたから、金がなくてな。そこを突っ込まれたらしくて」

( あのプレゼント、ガイからだったんだろ? もーいーよっ、そんなんやんなくてっ! )

はぁ、と落ち込んだようにガイがため息をつき、喚かれた時の事を思い返しているのか物憂げにガスの火を止めた。その横顔を見たヴァンは、若干渋面になる。どうしてそんなに気を落とせるのか、正直理解できなくもあった。年末イベントのプレゼントが誰からだなど、どうでもいい事のように思えた。それがあの赤い髪の事なのだから尚更だ。
「…だから、今年はどうしてもしてやりたいんだよ」
ガイはくるり、と、そのままの顔で振り向いて、再三再四の願い出をぶつけてくる。うっと詰まった。これは卑怯だと、ヴァンは思った。

「頼む。このサンタクロースの服を着て、今夜のイヴ家に来てくれ!」

ばばんっ!
と、ヴァンの眼前にいっそ大げさと言えるほどの勢いで(まるでこれを着ればおまえはヒーローに変身できるぞとまで言われそうな勢いで)真っ赤なサンタクロースの衣装が広げられる。薄いフェルト地の赤を同じ生地の白が縁取り、胸から腹にかけての部分に真ん丸いボタンが三つちょこちょこちょこと可愛く並んでいる。ヴァンは今までで最も重いため息をついた。頼むからその奇っ怪な衣装こそが申し出を拒否する原因の80パーセント以上を占めているのだと気が付いてくれ。
「頼む。ヴァン。俺と一緒にサンタを迎えたら、あいつは絶対サンタの存在もっかい信じてくれるから」
「……ガイ…その、衣装は」
「これ、安物なんだけど、ちゃんと帽子も付いてる」
さっと取り出す。そんな事どうでもいいです。
「私では、サイズが合わんな…」
「すまん。本当はペールに頼むつもりだったからな。でもペール、子供達にプレゼント用意するので忙しそうだったんだ」
ペールとはガイの名目上の保護者で、引き取り手のない子供を受け入れる養護施設を開いている老人だ。確かに、この時期彼は最も忙しいだろう。ヴァンは頷きかけたが、なんとか目を閉じるまでで留めた。ここで同意してしまえば「そうだろうそうだろうだから俺にはもうおまえしか頼める奴いないんだ着るよな着てくれるよななっなっ!」とごり押しされるのが目に見えている。
「………」
「…ヴァン…」
「…………」
じぃぃ〜〜〜〜っと青目の視線をちくちくちくちく感じる。そんな目をされても、さすがにこれは飲めない。真っ赤な衣装(ペールサイズ)と帽子を身にまとい白い袋を提げて「メリークリスマース!」などと、何が悲しくてあの赤毛小僧の為にせねばならんのだ。
ヴァンが黙り込んでいると、ガイも黙り込んで、そのまましばらく時間が過ぎた。しかし、その沈黙の場から、ふいにガイは立ち上がった。諦めたかと気配を窺うが、キッチンに向かったようだ。ぱたぱた、足音が聞こえてくる。
「コーヒーカップ、温めといたんだ」
ヴァンが目を開ける。ゆっくりゆっくりろ過されたコーヒーがすっかりフラスコにたまっていた。
「待ってろ」
にこっと笑って、カップをひとつ持ってガイが戻ってきた。おまえも一緒に飲めばいい、と言いかけて、ヴァンは口をつぐんだ。自分の家には自分用の食器しか揃えていない事を今頃思い出す。フラスコからロートを取り外す横顔を見つめながらヴァンが何か言葉をかけようとした所で、携帯電話の着信音が鳴った。ガイのものだ。ガイは「悪い」 とヴァンに声をかけてすぐに携帯を取り出す。
「おう、どうした? え? 今家の前? 約束は七時だったろどうしてこんな早く、…うん、…ん…、ははは、それで…分かった分かったもう笑わねーよ」
あの小僧か、ふんわり優しい顔をして電話をするガイの様子に閉口してヴァンは再び椅子の背もたれに体を沈ませた。
「俺帰るのに…そうだなぁ…一時間くらいかかっちまうぞ、…しょうがねーだろ、…、……、…そんなに言うんなら、予約してたチキン取りに行かずに帰るか。そうすればちょっとは早く帰れるしな。……っはははっ、冗談だよ、でもどうする、そこ、寒いだろ、じゃあ…」
随分楽しそうだ。ヴァンはなんとなく居心地の悪いものを感じながら、机の上の書類に手を伸ばした。文字を目で追う事に意識を持っていきながら、ペンを取る。その内にガイは電話を終えて、ぱたぱたと身支度をする。
「悪い、もう帰んなきゃ」
「ああ、丁度仕事を始める所だ」
「コーヒーは…」
「外は寒い。おまえが飲んで行け」
さらさらと書類にペンを走らせる。明日の会議で使うものだ、早く仕上げてチェックに入りたい。ガイはこちらの様子を窺っているようだったが、やがて上着を着てマフラーを巻いた。そしてサイフォンに手をかけて、出来立てのコーヒーをカップに注いだ。こぽぽぽ、液体の流れる音がする。
ガイはカップに一息吹きかけてから、くいっとそれを呷った。そしてそのカップを、ヴァンの机の、仕事の邪魔にならない所にそっと置いた。
「一口もらった。―――じゃあ、仕事頑張れよ」
気遣わしげにガイは笑った。忙しいのにごめんな、と顔が物語っている。ヴァンは軽く口角を上げる。それだけだったが、ガイはちゃんとそれを返事と理解して、微笑んだ。それから鞄をばっと拾って、冷めない内に飲めよと言い残して慌ただしく部屋を出て行った。まったく。彼は本当に人に気を向けてばかりなのだな。ヴァンは息を吐く。そしてガイが出て行った玄関に目線を送る。そして――――止まる。
クリスマスらしいものなど何も置いていない部屋に、赤いなにものかが落ちている。













「ガーイ! 腹減った! もう待てねぇ!」
べしっ、と背中を叩かれる。
「いてっ、もうちょっとだって! ほら、料理運べよ」
駅前のカフェで待たせておいたルークは、少し膨れっ面だった。ヴァンの家を出て電車に飛び込み、三度乗り換え、普段の一駅前で電車を降り、予約していたファーストフード店でチキンを受け取って、後は走って待ち合わせのカフェまで行った。一時間と伝えていたが、電車や店が込んでいたため、結局カフェに着いたのは一時間を十五分ほどオーバーした頃だった。遅い遅いと詰られて、ガイはルークのジュース代を払わされた。また双子の兄と喧嘩して家を出てきたらしいから、ルークの機嫌は悪く、とにかく発散したいのかガイの事をばしばし叩いた。
「ガイッ」
ばしんっと背中を一発。
「何、運ぶの」
その手をそのままこちらに差し出してくるのだから、ガイももう何も言わない。ほいほいとチキンだのサンドイッチだのマリネだのの皿を手に乗せて、「乗せすぎだっつーの!」と叫ぶ背中をぽんっと叩いてやった。
小さなローテーブルはすぐに料理でいっぱいになり、最後にシャンメリーを冷蔵庫から出して、二人してカーペットに直接座った。
「ガイん家ほんっと寒ぃーよな。エアコンないなんてありえねー」
「はいはい毛布だけならありますよ坊ちゃん。それ膝にかけてろ」
そう言ってルークに毛布を投げて、よし、準備オッケー。
シャンメリーはルークが開けたがったので渡した。ルークは緊張しながらぐぐっと栓に力を入れて…、ポンッ! と爆発したみたいな音を出して飛んでいったそれに、びっくりして悲鳴を上げた。あははは、飛んだ飛んだ、ガイは笑いながら固まっているルークの手から瓶を取った。
「じゃあ始めますか。男二人の寂しいクリスマス」
「え、何だよ、寂しいの?」
「世間的に見ればなー」
カチャンッと、コップになみなみに注いだシャンメリーで乾杯した。
「…なんか、やな始まり」
こうしてルークの文句で、クリスマスイヴの夜は幕を開けた。










ねえ
聞こえてくるでしょ
鈴の音がすぐそこに
サンタクロース イズ カミング トゥ タウン

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