その他

□はじまりの場所で、もう一度
1ページ/2ページ

※ディセンダーは少女。名前は火々羅(かから)。
まっさらな状態で生まれ、無表情で感情がない、というか経験したことがない子です。





たったひとつ、分かっていたのは、前進しなければという思い。
そう、わたしは、この世界で目覚めた時から、進まなければと思っていた。
どこへ? ううん、場所ではないの。どうして? ううん、理由なんてないの。進むことは、わたし自身だった。わたしに過去や記憶や、後ろを表すものはなにもなかった。前へ行くことこそ、わたしを表していた。
記憶がないわたしのことを、時折カノンノが心配した。でも、それはわたしには必要のないものだったから、カノンノへそう伝えた。
カノンノは悲しそうな顔をした。
どうしてそんな顔をしたのか、分からなかった。


依頼を受けて、ダンジョンへ向かうことになった。目的は依頼主の落とし物を探すという簡単なものだったけど、少し奥まで行かないといけなかったから、わたしは長く船から離れても大丈夫なように打撃と回復の二つの術を備え、アンジュに同行者を募ってもらった。
アスベルとマオとリアラが一緒に来てくれることになって、4人でルバーブ連山へ向かった。
「ねー火々羅。今回の依頼人は何を落としたの?」
依頼状を確認していると、マオが横から覗き込んでくる。
「ええとナニナニ……『真っ赤なバラ』『立派な角笛』『錆びた婚約指輪』だって!」
「バラ…?」
リアラが口元に手を当てた。
「こんな風の強い所に落としたバラの花なんて、見つけられるかしら?」
「角笛はともかく、指輪を探すのも難しそうだな」
アスベルも頭を掻きながら、「山頂付近は霧も出ているし、案外難しい仕事になるかもしれないな」と上を仰いだ。それにつられてわたしも上を見た。剥き出しの山肌と青空と、山頂付近に集中している濃霧。これはわたしがこの世界で初めて見た光景だった。わたしはここから世界へ旅立った。カノンノに連れられて。
「ここで悩んでても仕方ないヨ。じゃ、とりあえずゴー!」
マオの明るい声が山々に響いた。








頂上ルートはほとんど一本道で、注意深く辺りを探索したけれど、依頼の物は見つけられなかった。わたしは地面にしゃがんで、指輪が砂をかぶってないかと地面を払ってみた。
「あ、リアラ見て見て、変わった虫がいるヨ!」
「きゃあ! こ、こっちに持って来ないで!」
二人が駆け回る音が後ろで聞こえた。わたしは地面を払い続けていた。
「火々羅、あんまり崖に寄るな」
「だいじょうぶ。落ちたりしない」
アスベルの声を背に、わたしは身を乗り出して崖の下を覗き込んだ。
「火々羅」
アスベルに腕を引かれて体を戻された。見上げると、アスベルの強い瞳とぶつかった。
「バラの花、風で飛ばされて、どこかに引っかかったりしていないかと思って」
「…分かった。こっちは俺が見ておくから、火々羅は向こうの岩陰を見てきてくれ」
「アスベル?」
アスベルはわたしと場所を入れ替わって、崖下を見回った。わたしが危険なら、アスベルも同じように危険なはずなのに。
「火々羅はぴゅーって風が吹いたらぴゅーって飛んでっちゃいそうだもんネ!」
振り返るとマオが持っていた虫を逃がしていた。その少し離れた所ではリアラが、マオから逃げるために一生懸命走ったみたいで、胸を押さえて息を整えていた。
「カイルが言っていたんだけど、彼は、誰かを守るという気持ちがとても強い人なんですって」
「守る?」
「うん。きっと火々羅を危険な目に遭わせたくなかったのね」
アスベルを見た。アスベルの崖下に向けられた視線はとてもまっすぐだった。







依頼品は見つからなくて、少しずつ山を登っていくことになった。
頂上への道は獣人たちの住処になっていて、探索ははかどらなかった。
『疾風の爪にて引き裂かん!』
マオの風が複数の魔物をひとまとめに切り裂く。わたしは後ろで詠唱するリアラに近付く敵を弾きながら、隙を見て治癒功を魔物と討ち合うアスベルに放った。
『古より伝わりし浄化の炎――』
「マオ、わたし、前に出る」
「オッケー!」
『――落ちよ!』
リアラが呼び寄せた炎の槌がマオが集めた敵の上に降る。わたしはそれを通り過ぎ、アスベルに襲い掛かる二体の魔物のうちの片一方を蹴り飛ばし、引き受けた。
大きな体躯の獣人は攻撃が当てやすいけど、ものともせず反撃してくる。振り下ろされる棍棒を避けながらマオ達の援護を待つつもりだったけど、「新手だ!」と叫んだアスベルの声を聞き、それは叶わないと知る。
『覇道、滅封!』
アスベルが放った炎が敵を仕留めた。アスベルの視線が一瞬わたしを向いたから、わたしは頷いてそれに答えた。そうするとアスベルも頷いて、後衛二人の元へ走って行った。わたしも目の前の敵に集中できる。
蹴りを限界まで叩き込んで敵の動きを止め、解放した闘気で敵を吹き飛ばした。これで崖下に落ちるはず。狙い通り、弾け飛んだ敵は崖下に吸い込まれていく。だけど衝撃で手放してしまったのか、敵の持っていた棍棒がわたしめがけて落ちてきた。気付いた時には既にそれは眼前にあった。
ガツン、と大きな衝撃に見舞われる。
「火々羅っ!?」
倒れ込んだわたしを呼ぶ声が聞こえた。
痺れた腕に少し眉を寄せた。かわせなかったけれど、なんとか両腕で防御することは間に合った。装備していたアームズが少し欠けてしまったけれど、問題はなかった。
腕を回し、わたしは新手組と戦う皆の加勢に走った。







敵を下して、光の幾何学場に辿り着いた頃には空が夕闇に染まりかかっていた。
幾何学場の辺りは山頂から流れてきた霧がうっすらとかかっていて、太陽の光が弱くなっていたのも重なりなかなか視界も利かなくなっていたので、今日はここでキャンプをして、探索は明日に持ち越すことに決まった。
「ボクとアスベルは薪になるようなものを探してくるネ。ついでに食べられそうなものがないかも探してみるヨ!」
「クレアが弁当を持たせてくれていただろ?」
「もちろんクレアのお弁当が一番だけど、何かおいしそうなものが見つけられるかもしれないでしょ?」
「マオったら、ほんとに食いしん坊なんだから」
「リアラ達はここで待っててネ」
「うん。火々羅とキャンプの準備しておくね」
マオとアスベルが離れ、わたしとリアラは食事と寝床の用意をした。
「キャンプの準備って言っても、ご飯はお弁当だし、火はマオがつけてくれるし、あんまりすることなかったね」
「うん」
「この辺りは水場が少なかったわね。もう少し余分にお水持って来ればよかったな」
「うん」
リアラの言葉を聞きながら、わたしは目線を遠くへ動かした。
ルバーブ峠の最奥の少し開けた場所が見える。わたしの始まりの場所。カノンノと出会った場所。アドリビトムの入隊試験でガルーダを倒した場所でもあった。
そして………。
カノンノとあの話をしたのも、あの場所だった。

(わたしと火々羅はここで出会ったんだよね)

(あの時はびっくりしたなあ。光に包まれてあなたが空から降りてきた時は)

(ねえ、記憶がないのって、やっぱり寂しいよね。でも、アドリビトムはにぎやかだから、きっとこれから楽しい思い出いっぱい作っていけるよ)

(だから――…)

「寂しくないよ。わたし、記憶なんて必要ないの。目の前にあるやるべきことをこなしていきたいだけなの」

「わたし、記憶なんていらないの、カノンノ」

……カノンノはあの時、笑顔を一瞬だけ、失った。

「ただいまー!」
「おかえりなさい、遅かったのね」
「えへへ…実は〜、ホラ!」
ぱっ、とマオが背中に隠していたものをわたしたちに見せる。
「あっ、バラの花! 見つけたの?」
「うん! 木の実でもなってないかな〜と思って木を見てたら、花がひっかかってたんだ!」
「火々羅の言った通り、風に飛ばされたみたいだな」
「うん…」
「よかった。木にひっかかっていなかったら、見つけられなかったかもしれないわね」
花は少しくたびれていたけれど、リアラがていねいに水に差して保管してくれた。アスベルが薪を幾何学場のそばに組み立てて、マオがおまじないを唱えて火をつけてくれた。焚き火を囲んで、わたしはクレアのお弁当を広げた。

次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ