その他

□雨粒の花嫁
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「ーーわぁ…!」
目の前の鏡に自分の姿を映す。リボンとフリルで飾られた、輝くように真っ白なドレス。スカートはふんわりふくらんで、まるでお姫様みたい、なんて、幼い少女のような言葉を思わず口ずさんでしまいそう。
ウェディングドレスなんて特別なものを着せてもらえることになり、未熟な自分との不釣合いさに萎縮してしまったけれど、いざ着てみたら、とても気持ちが華やいでいる。
「よかった、やっと笑顔になったわね。とっても綺麗よ、アニー」
後ろで腰のリボンを整えているクレアさんが弾んだ声で言ってくれた。嬉しさと恥ずかしさで、わたしは思わず頬を赤らめた。
「あ、ありがとうございます。でもわたしなんかより、クレアさんの方がきっとお似合いです」
「私はこんなに可愛い花嫁のお支度のお手伝いができただけでとても幸せだわ」
そう言いながらクレアさんはヘッドドレスをあしらったわたしの髪を櫛で整えてくれる。細やかな指先にお世話されつつ、わたしは改めて鏡を見る。華やかなドレスにうっすら化粧も施して、今わたしは間違いなく、人生で一番綺麗な姿をしている。
ふと。そっと鏡越しにクレアさんに視線を当て、思った。
もしわたしが、この姿をヴェイグさんに見せたいと言ったら、クレアさんはどんな反応をするだろう。
ヴァージンロードという舞台を、ヴェイグさんの腕を取って、共に歩きたいと言ったら。
「アニー、せっかくなんだもの、ヴェイグに花婿役をお願いしてみない?」
目を見張り、それと気付かれないようにすぐに伏せる。そんな花のような笑顔で、気軽に言ってしまうの。
「いえ、わたし、この姿を見せたい人に真っ先に父を思い浮かべるような子供です。花婿の手を取るには、まだ早いみたい」




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わたしは自分の結婚式をうまく想像することができない。こうしてウェディングドレスを着せてもらえた今も、未来の自分がどんな笑顔をしているのか、また腕を取っているはずの花婿は誰なのか。…そこにヴェイグさんを当てはめてみても、水彩画に水でも垂らしたような、ぼやけたイメージになってしまう。
だけど、あの穏やかな北の村で、村人や仲間に祝福されながら白い衣装に身を包んで笑っているヴェイグさんとクレアさんは、容易に想像することができた。参列者の中で笑っているわたしも。
それがわたしの答えなのだと思った。
ヴェイグさんにはクレアさん、クレアさんにはヴェイグさんがとてもよく似合っていて、その二人を分かつことを、わたしは望んでいない。
わたしは結局逃げているのかもしれない。
だけどこれは、恋人の理想形を二人に当てはめているだけの一人遊びで、わたしのヴェイグさんへの気持ちは、絵画に向けるような憧憬なのではと、そう思うのだ。
今も、思っている。
お二人ならきっと、今すぐに結婚式を挙げたって、きっとすんなり幸せな花婿と花嫁の顔になれるのだろうと。
「アニー、緊張してるの?」
いよいよ控室を出てみなさんの前に出るという時、クレアさんが声をかけてくれた。
「少しだけ」
「大丈夫。さっき、ドレスを着て鏡の前に立った時のことを思い出して。とっても素敵な笑顔だったわ」
翡翠色の大きな瞳が、にっこりと笑う。
「はにかんだ顔も花嫁らしくて可愛いけれど、アニーは笑っている方がずっといいわ」
ありがとうございます、と言いかけ、わたしはふと、時を止めた。
その台詞は………

クレアさんが扉を開けると外は騒がしかった。何かあったのかと、外で待っていたヒルダさんに尋ねている。
「結局、花婿衣装も用意したのよ。花嫁と同じ世界から具現化された男達にそれを着せて、盛り上がってるって訳」
呆れ顔のヒルダさんが説明する。
「で、アニーにも花婿を宛てがったの」
「まあ!」
満開の花のように、クレアさんが色めく。
「ヴェイグ、とっても似合ってる! とっても素敵よ!」
扉を超えて、わたしもその場へ行く。
そこに花婿衣装を着たヴェイグさんが立っていた。濃い紺色のスーツは、ヴェイグさんの銀の髪を一層引き立てているようだ。ヴェイグさんはクレアさんに褒められて、うっすらと頬を染めて微笑んでいる。
「お似合いですね…」
そうつぶやいたわたしに、ヴェイグさんが視線を当てる。クレアさんもわたしを振り向く。
「……おまえも、似合っている。アニー」
おだやかな声が、ただ、そう伝えてくれた。
ぎゅっとふくらんだドレスのスカートを握り、わたしは目を細めた。そこからぽろりと粒が落ちた。ぽろ、ぽろ、気持ちがあふれた。次から次へと、いろいろな粒が。
クレアさんの驚いた声がする。駆け寄りかけたクレアさんよりも先にヒルダさんが側へ来て、「ホラ、化粧が落ちるわよ」とハンカチをわたしに近付ける。ヒルダさんはわたしの泣き顔を間近で見つめ、
「あんたの恋は綺麗ね」
そうささやき、濡れた目元を押さえてくれた。






end


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クレアの台詞にアニーが反応したのは、それはアニーがパーティーインした際にヴェイグがアニーへかけた言葉と同じだったから。
ヒルダの最後の台詞は、純粋に綺麗とも思うし、子供、未熟、そんな意味も含んでいます。

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