ルクガイ

□それはいとしくてしんらつなゆい
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どんな世界を想像して
どんな気持ちで待ちわびて
空を飛んだ時どうだった?

きっと
涙が出るくらい
生まれてきた事を感謝したかったんだろう






「がぁいっ、むしがいるっ」
ぎゅむっと腰に飛びついてきた主の小さな頭を使用人はよしよしと撫でた。
「ん…」
じっと窓辺にとまって、ちりちりかすかに羽音を立てる虫を見る。ああ、もう―――
「ルーク、見てやりな」
「やだ、むし、こわいよ、とってっ」
「ルーク」
よいしょっと、小さな体を腕に抱え、使用人は虫に近付く。やだやだと髪を引っ張る主の手をそっと剥がして、代わりに自分の服をつかませた。
「ルーク、こいつは蝉っていってな、一週間しか空を飛べない虫なんだ」
「――…っ?」
「ちりちり鳴いてる。もう、動けないんだ」
「!」
幼い主人は怯えた顔を、驚きに焦りに、ころころ色を変える。だけど最後には、使用人をどんと押しどけた。
「うそつき! セミはなつのあいだずっとないてるって、ガイいった! まだあついよ! まだ、とべるよ!」
窓辺の蝉に駆け寄って、がんばれがんばれと声をかける。使用人は静かに目を細めて彼らを見守り、
やがて主人が声を立てて泣き始めた頃、赤の髪に慰めるように口付けた。









ペールの花壇のすみっこに、手を泥だらけにしてお墓を作った。主人はその小さな手に、優しく蝉を包んで、土に帰した。
「触れたじゃないか」
「だって、…」
そう言ってまたぐしゃりと顔を歪める子供。
「セミ、がんばったんだもん」
ぐしぐし、目をこする。顔に泥がつく。使用人は布で顔を拭ってやる。
「そうだな、きちんと見てあげて、えらかったぞ」
「…うぅ…」
再び主を抱き上げて、使用人は空を仰いだ。





世界は、きっと広かったろう
なのにどうして、こんな小さな箱庭を最後の場所に選んだんだろう


どうして俺達の
俺の前で
命は消えるものなのだと見せつけていったんだ









泣きながらしがみついてくる温かな重みを抱きながら
使用人も少しだけ、泣いた。


それは愛しくて辛辣な遺。







end


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