ルクガイ

□夏の日のまどろみ
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記憶喪失になった俺の扱いに家族(覚えちゃいねーが)は困ってる
父親は、俺とほとんど話さない
母親は、俺に過剰にかまってくる
双子の兄は、俺を嫌っている
家庭って、こーゆーもんなのか?
記憶がないから分かんねぇ
でも
好きじゃない


「ルーク! ほら、お菓子を用意したのよ。お茶にしましょう?」
母親は、ムリヤリ笑顔を作る。
「アッシュも一緒に、ねぇ?」
「こんな屑と一緒のテーブルにつけるか!」
兄は、好き放題文句を言う。
(いごこちわるい)
用意された高級らしいチョコレートを口に含んで、噛んだ。甘味を抑えた上品な口当たり。



コンコン

コンコン


「…はい」
「俺」
「ルーク?」
ガチャンっとぼろっちいアパートの扉が開かれる。中から出てきたガイは汗だくになっていて、俺はぎょっとした。
「何してたんだよ、そんな汗かいて」
「ああ、音機関組み立ててた」
ガイはにっと笑った。楽しそうに、心底、楽しそうに。
ガイは俺を迎え入れるとさっさと音機関の組み立てに戻った。俺は熱気のこもった部屋内でぱたぱた自分を扇いだ。暑すぎ!
「クーラーもない部屋でよくやるよな。つーか音機関買うんならクーラー買えよ」
「まー、な」
「なぁ、何か食い物ねぇ?」
「んー、そのへんにこないだのお菓子がまだ残ってるはずだから、食え」
ガイは音機関に夢中だ。何が楽しいんだか、俺にはよく分かんねぇ。記憶があれば、俺もガイと楽しさを共有できたのかな。
「ルーク」
「ん」
俺は台所のお菓子に手を伸ばした。
「おまえ、家ではどうだ? ちゃんとやってるか?」
「…」
ちゃんとやってる、って、どーゆー事をいうんだ? あいつらと気まずくても毎日顔合わせる事か?
カチリ、とネジの回る音が止まった。
俺が顔を上げると、ガイも音機関から顔を上げていた。
「何だ、また兄さんと喧嘩でもしたのか?」
「別にしてない」
ガイから目を離して、チョコレートの包みを開ける。そこらで売ってる安物のチョコ。
「今日は大人しいな」
「別に」
「……」
口の中にチョコレートを放る。暑い部屋の中放置されていたチョコは、噛むまでもない程に溶けてやわらかくなっていた。ちょっとびっくりした。でも、甘くて美味しかった。






キリキリ
キリキリ
ガイが音機関をいじる音が聞こえる。
それに混じって蝉の鳴き声が遠くに聞こえる―――
みーん みーん
キリキリ キリキリ
暑い…
暑さから逃げるように目を閉じた。
ガイは飽きもせず音機関をいじっている。
みーん…







あ れ … ?





体が、魔法でもかかったみたいに、動かない。
どうしたんだろう……
動けない……

何も、できない……


寝返りを打とうと、なんとかもがくけど動かない。

なん、で…?
動かないんだ…?






"―――ク…"


………




何だ…?

なんか…とても…

ここちいい……







あたたかい何かが、頭を撫でる。
これは、人の手…?
俺は薄く目を開けた。
狭すぎて霞む視界に、誰かの足が映る。
やわらかく折られた膝のラインが、とてもやさしい。
その体から伸ばされた腕が、静かに俺を構う。
頭を撫で、髪を梳き、ハンカチで汗を拭く。
やさしくて、あたたかい。
すぐ側にある体。
安心する。

いごこちいい。




これは―――







"ルーク……"








「はは…うえ…」











目を開けた。
その視線の先には、ぱちくりと目を見開いたガイがいる。
「…?」
その手が、えらく中途半端な位置で宙に浮いている。何となく見ていたら、その手に、ハンカチが握られているのに気付く。
「!?」
ガバッと起き上がってガイから距離を取る。ガイもいきなり俺が動いた事にびっくりしたのか、距離を取る。
ガイがハンカチ持ってる?
さっき汗を拭ってくれた人と、同じハンカチを。
何で? 何で?
―――その答えはあまりにもハッキリしていて、カ――ッと顔が熱くなった。
「なっなっ何してんだよ、ガイ!!」
「なっ何…って言われても」
俺がしどろもどろになっているのにつられてかガイもおたおたしている。その手がいつまでもハンカチを持ったままなのが無性に恥ずかしくて、俺はガイからハンカチをむしり取った。
「ガイ! 腹減った!」
「あ、わ、分かった。何がいい?」
「聞いてんじゃねー!! 勝手に作れ!!」
ガ――ッと吠えてほとんどガイを押し出すようにして俺はガイを台所に放り込んだ。
バンッと壊れるんじゃないかってぐらい勢い良く扉を閉めて、俺は真っ赤になった顔を何とか元に戻そうと、ばしばし頬を叩いた。










俺が描いている母親のイメージがぴったりガイに重なってしまった事。

あり得ないほど恥ずかしい事実に気付いてしまって恥ずかしくてあり得なくて恥ずかしくて





「ルーク、飯できたぞー」
「……」




…でも、それでも俺はガイを手離したくはなくて





「…おぅ」



結局、一生の秘密にする事にした。

それは夏の日のまどろみ。




end


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