ルクガイ

□フェイクリアル
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ルークという名前

ファブレの血。家族、居場所

誰よりも尊敬していた師匠

ずっといっしょにいた幼馴染



(おまえは俺のレプリカなんだよ!)


(おまえはユリアの預言を覆すための代用品だ)


(俺とヴァンはファブレへ復讐を誓った同志だった)



自分のすべてが偽物で

周りのすべてが偽物だった

俺の世界はすべてが偽物だった





じわじわと

俺は孤独になっていった





「ルーク!」
はっ、と我に返って、後ろへ飛ぶ。
今まで俺の立っていた場所に炎の譜陣が生まれ、火柱が立った。
「前衛、ぼんやりしないで!」
「悪かった!」
そう言って俺の隣をガイが駆け抜けていき、譜術を放った譜術士に斬りかかった。
あいつ、今まで俺の後ろで別の敵と戦っていたはずなのに。
ぼうっとしていたのは、俺なのに、俺への叱責に応え、走り抜けて、戦ってる。
その腕が、赤く濡れているのが見えた。
「!」
俺は途端にあいつの隣に駆け出していた。剣に第七音素を取り入れて地面に刺して、譜陣を作る。そうすれば傷を治せる。そう思って、真っ直ぐに駆け出した。
横には目もくれずに。
「ルーク! 危ない!」
そう誰かが叫んだ。
ら、俺は真横からの衝撃に吹き飛んでいた。
もう一人、あいつが戦っているのとは別の譜術士がちらりと目の隅に移った。でもそれも一瞬で、俺の視界はぐるりと大きく回転したんだ。

戦いの煙が消えて見えているのは空だった。
体を支えるものがなくなって、俺は浮遊感と、空気を切る音と、――崖下に吸い込まれる感覚に包まれた。
「ルーク…っ」
見開いた目に、幼馴染(いや、違う)が手を伸ばしているのが映った。でもそれはあっと言う間に小さくなっていった。

「 ルーク!! 」

違う、それは俺の名前じゃない。








「………ってぇ…」
気が付いたら、俺は枝やら葉っぱやらを下敷きにして地面に倒れていた。俺が落ちた崖の下には森が広がっていて、見上げてみると俺が落ちてきたんだろう枝の部分にはぽっかり穴が開いていた。丁度樹の枝葉の部分に落ちたらしい。運が良かったみたいだ。
俺は痛む体をなんとか動かしてポケットに入れてたグミを取り出した。

黄色いグミは、ガイの嫌いなグミ。
必要な時は食べるけど、よく俺の持ってる赤いグミと交換してた。
いつだったかガイが、これおまえの色のグミだなって言ったことがあって。
じゃーこっちはおまえ色のグミじゃんって俺が言い返して。
それからなんとなく、お守りみたいに黄色いグミをポケットに入れるようになって。
すべてが明るみになってからも、性懲りもなく持ってた。
…でも今はそれに助けられたな。

グミを飲み込むとだいぶ体が楽になった。俺は体を起こした。どうにか崖を上れないかと手を斜面にかけてみたが、ぼろっと土が取れてしまい、意外なもろさに背筋がぞっとした。これじゃあ絶壁に近い崖を何十メートルも上るのは無理だろう。
それに上れたって、もう皆はそこにはいないだろう。俺が気を失ってる間に戦闘を終わらせて、もう移動してるはずだ。
俺を探しに、崖を下りる道を探しているだろうか。
それとも、
それ、とも

………。


こつ、と山肌に額を預けた。

(呆れちまったかな。戦闘中俺は上の空で、周りがちっとも見えてなくて、役に立たなかった。あいつの怪我だって、俺よりもっとしっかり治せる奴がいるし、問題ない。そうか、問題ない。それどころか)

(きっと、うまくやっていくんだ。俺がいなくても。いなくても。俺は)

(はじめからいなかった奴なんだから)


ぐ、っと握り拳を作る。砂が爪で削れてぱらぱらと落ちていった。




(本物だらけの世界の中で自分だけが線で区切られてるみたいだ)


(でも区切られた線の中にいる自分だって本物じゃないんだ)









…と。

ふと、自分の耳を何か小さな音が掠めているのに気付いて、耳を澄ませた。
風に揺れる枝葉の音でもない、魔物の唸り声でもない、掠れた、声。
人の声。
小さくて、高くて、幼い泣き声。
俺は、ばっと身を翻して、声の在り処を探した。
こんな鬱蒼とした森の中に子供がいるなんて思えなかった。思えないけど、万が一いたとしたら魔物のエサにされちまう。
俺は耳に神経を集中させて今にも消えそうな声を辿り、道とは呼べない道を無理矢理進んだ先で、声の主を見つけた。
小さい女の子だった。
本当にいた。
だけど、この子以外に人の気配はなかった。
こんな、魔物もいる森の中で、女の子がたった一人でいるなんて。
女の子は大きな目で、…ぼろぼろと涙が落ちている目で、俺を見ていた。
服が土まみれになってて、剥き出しになってる腕や膝には転んだような傷があった。
「ちょっと待ってな」
俺は剣を抜いた。ら、女の子がびくりと体を竦めたから、俺は慌てて弁明した。
「あっ、ちが、全然怖いことしようって言うんじゃないぞ! 今からこれで怪我を治すから! な!」
怯え切った女の子の前でいきなり剣を抜くなんてアホだよな。
俺はせめて刃を見せないように女の子に背中を向けてから、第七音素を剣に集め、ゆっくり地面に刺した。光の円を浮かび上がらせて、女の子を手招きしてその中に入れた。
剣に怖がる女の子も、譜陣の光には魅入ってくれたみたいで、恐る恐るだけど入ってくれた。それでなんとか傷を治すことができた。
女の子は驚いたように傷の消えた腕や膝を見つめた。涙も止まってる。驚いたら涙って止まるんだよな。知ってる。
「もう大丈夫だな?」
女の子は頷いた。ほっとする。
「何だって一人でこんな森の中にいるんだ?」
掠れきった声で女の子は答えた。たくさんたくさん泣いた声だ。
「……ともだちと…あそんでたら、みちが、わかんなくな、て」
「遊んでたって…こんな所でか?」
意外さから語気が強まると、女の子がまたびくってなったから、俺は慌てて息を詰めた。ああもう、俺ってそんな怖いか?
地面に膝を付いて、女の子の目の高さに合わせてみた。そんで無闇にこっちから話しかけるんじゃなくて、女の子が喋りだすのを待ってみた。そうされると喋りやすくなることを俺は知っていた。
「いつもは、いりぐちであそんだり、きのみとったり、するの」
「いつも? いつも来るのか?」
「わたしのまち、このもりのすぐ、ちかくだから」
「近くに街があるのか」
ほっとした。
こんな小さな子が戦う力もないのに一人でこんな所にいたら、怖いよな。すごく怖い。
「俺が街まで連れて行ってやるよ」
「ほんと?」
「ほんとだって。あ…つっても、俺も道がどっちとかは分かんねーんだけど…だけど、魔物からなら守ってやれる。いっしょに街までの道を探そうぜ」
そう言うと、女の子はようやく少し元気が出たみたいだった。濡れっぱなしだった頬をぐしぐしと拭う。
「…セ」
「ん?」
「リセ」
「ああ、名前か。じゃあ、よろしくな、リセ」
「おにいちゃんは?」
「…」
「おにいちゃんの、なまえは?」



「……分かんねえ」

俺は、どうしてだか笑いながら、そう言った。

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