ルクガイ

□クリスマスはあなたと
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「なーガイ、クリスマスは仕事?」
「いや、休みだけど…」
風呂もすませてもう寝るだけという所、ふとカレンダーに目を留めたルークがそんなことを聞いてきた。クリスマスまであと二週間ほどで、一年に一度のイベントを盛大に迎えるべくグランコクマの街も色めきだっている。だけれどガイは、真面目な口調でルークに尋ね返した。
「おまえ、その日はどうすんだ。バチカルに帰るか?」
「帰らねえつもり…」
淀みのある言い方をするルークにガイは息を零して笑い、電気を消すために壁の照明のスイッチに向かいながら朗らかに言葉を紡いだ。
「俺のことは気にするな。クリスマスは家族と過ごすもんだ。たまには顔を見せてやれよ。シュザンヌ様が寂しがるだろ」
「うーん…そうだな…。うん、よし、決めた。俺、明日から里帰りしてくる」
「え、明日?」
「で、クリスマスまでに戻ってくる」
「…あのな」
「今ならもうクリスマスぽいことできるしな。フライングだけど、ま、しばらく親孝行してくるなっ」
ベッドに座り、にかっと笑うルークは、冗談を言っている風には見えなくて。ガイはその顔を確認するとふっと息を吐き、照明をオフにしてベッドへ向かった。
「本当に行く気なんだな?じゃあ船を手配しとくぞ?」
「うん」
ベッドに膝から上がるとすぐにルークの腕が触れてくるので、ガイはルークのぬくもりの中へと体を預ける。毛布などよりも温かいそれに包まれながら深く呼吸をすると、ルークの唇が額に触れてきた。顔を上げ、唇を重ね合う。こんな風にベッドの中でルークと触れ合って、頭の働きがとろんと鈍くなる感じがすると、一日の終わりを感じる。ルークはガイの体を抱いて、腕をガイの頭の下に差し込む。ガイが体の力を抜くと、ルークは嬉しそうに微笑んだ。
「ガイ。しばらく会えねぇけど…」
「ああ…。でも、本当にクリスマスはこっちに帰ってくるのか? なんなら…」
「帰るよ。クリスマスは家族と過ごすもんだろ。そんな日に、俺がガイを一人にするわけねーじゃん」





******





「ルークはキムラスカに帰ったのか?」
「ええ。あいつが急に言い出して」
翌朝、ガイは平素通り仕事に出た。ルークは朝一で荷物をまとめ、グランコクマのレプリカ達が住む共同施設に顔を出しに行った。問題がなければ午後の船でバチカルへ帰る予定だ。
そう伝えると何故かガイの目の前にいる皇帝ピオニーは大袈裟に残念がった。
「なんてことだ。てっきりクリスマスはおまえら二人で過ごすもんだと思ってたのに、こりゃあ賭けはお流れだな」
「は、はぁ?賭け?」
「俺は屋敷から一歩も出てこない方に賭けてた」
「ちょ…俺達で遊ばないで下さいよ!」
ははっ、とピオニーは笑ってガイの訴えを聞き流す。
「しかし、よかったのか?」
「クリスマス前には戻ってくるそうです」
「なんだ、んじゃ賭けは続行だな」
「だから、俺達で遊ばないで下さいって!…それに、ルークは帰らないかもしれません」
「何故だ?」
「あいつ、初めてなんですよ。家族でクリスマスを一緒に過ごすのは」








******











―――クリスマスは、一年に一度、家族と過ごす大切な日です。遠くに住んでいる家族も、この日ばかりは仕事を休んで家に集います。パーティーを開き、プレゼントをツリーの下に置いて、楽しいひと時を過ごします。
「―――ガイ。どうか、貴方がルークのそばに、いてあげてはくれないかしら」
国王陛下の妹であるルークの母親が、城で開かれるパーティーに出席しない訳にはいかず、そしてルークには登城は許されていない。つまり、世間では家族が集うクリスマスでも、ルークにとっては家族と離される日だった。
「かしこまりました、奥様」
「ありがとう…」
あの男はルークの所へ姿を見せることもなかったが、シュザンヌは毎年悲しそうに、ルークが眠ったらプレゼントを置いてくるよう、ガイにそれを託ける。ナタリア姫も隙を見てルークの所へ駆けつけようとしているようだが、警備が厳しくそれは実現しない。
ファブレ家でもルークのためにツリーや料理が用意されるが、ルークは一歩も部屋から出なかった。
(まあ、楽しげに飾り付けられた部屋で一人で食事なんてとる気にはならないよな。世間では家族で集まって食事してる日にな)
「ルーク様」
ルークの部屋のドアは鍵が閉められていた。ノックをしたが、反応はない。
「ルーク様、ガイです。お食事をお持ちしましたよ。料理長がルーク様のために何時間もかけて仕上げたチキンのローストは特別の出来ですよ。シチューもルーク様のお好きなコーン仕立てで、このような寒い日にはぴったりです」
返事はない。
「そうだ、ケーキはご覧になりましたか?ルーク様がご希望を仰らなかったので、バチカル中のパティシエに色々拵えてもらいましたよ。味も勿論ですが、見た目もとびきりです。いくつかお持ちしましょうか」
返事はない。ため息をひとつついて、ガイはルークの部屋の前の警備兵に会釈をし、その場を離れた。



「ルーク」
そっと小声で囁き、カーテンの閉め切られたルークの部屋の窓を小さく叩いた。吐く息の白さを確認すると、外気の冷たさをより認識して肌が震えた。
「ルーク、起きてるか? 腹減っただろ。軽く食べないか。食事持ってきたぞ」
返事はなかった。だけど、鍵が開く音がした。
音を立てないようにそっとルークの部屋に入り込み、窓を閉めた。やっと顔を見せたご主人様は、ぶすくれるのにも疲れた、という顔で、ガイの腕をつかんでいる。強い力だ。子供の無遠慮な力。ルークが待っているのは本当は別のものなのに、ガイにしかそれをぶつけることができないのだ。
「ガイ、つめたい」
「おまえが中々入れてくれないからだろー。すげー寒かったぞ」
「シチューは?あったまるってやつ」
「ないです。料理長に返したよ。チキンだってすっげーうまそうだったのに。もったいないな」
「………」
「大丈夫、明日の朝食で出てくるって。今夜は俺の手料理で我慢してくれ」
ガイはチキンとグラタンと市販のケーキを机に並べた。二人分。
「俺もここで食べていいか?」
「…ん」
「そりゃよかった。俺も腹ぺこなんだ。さ、ちょっと冷えちまってるけど、食べよう」
「…ん」
「頂きます」
「…いただきます」
「めしあがれ」
そう笑うと、ルークはようやく気持ちが和らいだようだった。
「まず、にがっ」
「悪い。実はグラタンちょっと焦がした」
「はぁ?しっぱいしたのもってきたのかよっ」
「ごめんって。作るの初めてだったし、作り直す暇なかったんだよ」
「ガイ、へたくそ」
「すいませんねぇ。だいぶ取ったんだけど、上の黒いのはよけて食べてくれ」
「ガイがとって!」
「はいはい」
お味はどうですか、なんてはなから聞かなくても答えは分かっていた。料理の腕も材料の質も、常に最上の物しか口にしないルーク様がガイの手料理など気に入るはずがなかった。だけど予想に反して、ルークの料理に伸びる手は休まず動いている。まずいと言ったのは始めだけだ。
「よっぽど腹減ってたんだろ」
ガイも料理を口に運びながら言う。
「もうねーの」
「ん、ああ、これだけしか持ってきてない。料理長のオードブル持ってきてやろうか」
「…いい。どうせガイ、たべねーんだろ」
「そりゃ俺が食べるわけにはいかねーから」
「じゃあいい」
それからルークの食べるスピードは極端に落ちた。ガイは首を傾げる。腹は減ってるはずなのに。……。
(引き留めてるのか、俺を。そうだよな、せめて誰かと一緒にいたいんだろうな。今日のこの日に)
「ルーク、今日俺がここに泊まってるの誰かに見つかったら、おまえ庇ってくれるか?」
「えっ、ガイ、とまってくの?」
「ああ。今日だけな。そんでちょっとだけ夜更かししようぜ。よそはパーティーやってんだ。俺たちがそんぐらいしてもサンタクロースだって大目に見てくれるさ」
「!」
ルークの顔に喜色が浮かんだ。
「でもラムダス様や近衛兵にバレたらさすがに怒られるかもしれねーから…」
「んなの、まかせろ!」
「さすが、ルーク様は頼もしい」
「さまってゆーな!じゃあまずなにする?」
「何がしたい?」
「えっと、んーと、とりあえずケーキたべてからかんがえる!」
「はいはい。苺とチョコ、どっちにするんだ?」
「どっちも!」
「俺の分は?」
「はんぶんにして!」
「はいはい」





「ガイ。クリスマスはかぞくとすごすひなんだろ」
「うん」
「…なんでおれはおしろにいっちゃだめなの?」
「…そうだな。おかしいよな」
一騒ぎの後、ルークのベッドで一緒に眠る。ルークの体に腕を回すとそれは温かく、無性に落ち着かない。この体温と似た温かさが記憶の中にある。それを認めてしまうことは、できない…。
「おれはかぞくじゃないんだ」
「そうじゃない。一度はマルクトに連れ去られた、おまえの身を案じているんだよ」
「ガイがそばにいてくれたらだいじょぶなのに」
息が詰まった。
「クリスマスなんかきらい。おれはこのひ、ずっとひとりぼっちじゃん」
「…ひとりじゃない。俺が代わりに、そばにいてやるよ」
「…ガイだって、かぞくのところにいっちまうんじゃねーの」
「……」
「……」






「…行かないよ。クリスマスは家族が集まる日だ。今日の日に一緒に食事をして遊んで一緒に眠るおまえを、今更一人になんてしないよ、ルーク」

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