ルクガイ

□恋人は困った奴
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「ペール、ただいま」
「おや、ルーク様、おかえりなさいませ。このような早い時間に、どうなさいました」
「いや、ちょっと忘れ物しちまって。ほら、他の地域のレプリカたちと交流できたらなーっと思って、施設の皆で手紙書いて送ったって話しただろ? あれの返事が来てたんだ。皆に見せてやんなきゃと思ってたのに置いてきちまって」
「おお、早速交流が叶いましたか。ようございましたね。皆様もさぞ喜ばれることでしょう」
「うん。じゃ、すぐ取ってまた出掛けてくっから」
「はい。ああ、丁度今ガイラルディア様も帰宅なさった所でございますよ」
「えっ? あ、そっか。今日はブウサギの健康診断で医者に預けるとか言ってたっけ。ガイは部屋?」
「はい」
「分かった。じゃ、またなペール。暑くなってきたから庭いじりする時はちゃんと帽子被れよ」
「ありがとうございます、ルーク様」
笑顔で頭を下げるペールに手を振り、ルークは足取り軽く寝室へ向かう。普段は仕事に出てしまえば午前の時間帯にガイと顔を合わせることはほとんどないが、今日は会える。忘れ物はいけないけれど、思わぬ幸運にルークは自分を律するのも後回しに浮き立った。
だけど目指す二階への階段を上りかけたところで、ふと悪戯心が沸いた。ガイもまさかこんな時間にルークが帰ってくるなんて思っていないだろう。ちょっとおどかしてやろうかな。気配を消して静かに階段を上った。不思議がるメイドに唇の前で人差し指を立てる。
そろそろと廊下を歩いてガイの気配を探る。物音が聞こえてくるのでやはりガイは部屋にいるのだ。ルークはにやける顔を手でさする。嬉しさと楽しさがこぼれそう。気配は消さないといけないのに。
音がするのは寝室ではなく、隣の執務室からだった。それもそうか、仕事中だ。ルークは執務室の扉にそっと背中をつけて中の気配を伺う。ガイは本でも読んでいるのか、紙をめくるような音が時々聞こえる。さあ後は飛び込むだけだ、という所まで来て、ふとガイの顔が思い浮かんだ。ガイがルークに気付いていないなら、とても真剣な眼差しで文字を読み込んでいるに違いない。ガイの一点集中力は凄まじいものがある。音機関の組み立ての時によく見てきたその様相をルークは容易に想像することができた。聞こえてくるのがネジの音なんかだったらこちらも心置きなくおどかしてやれるのに、仕事のためにその顔をしているであろうガイの邪魔をしてしまうことは躊躇われ、結局ルークは執務室のドアをこんこんと叩いた。ドアの向こうから物音が消え、その静寂に思わず息を止めてしまいそうになる。やがて「はい」とどこか無機質な声がかかった。ルークは扉を開き、ひょいと顔を覗かせてみた。執務机の傍らでガイが一瞬で驚いた表情になり、「なんだルークか」とほどけるように笑った。
「へへ、ごめんな、仕事中に」
「それは構わないが、おまえ今妙に唐突に現れたな」
「ガイのことおどかそうかなって思って、気配消してきたから」
「あのな」
ガイが呆れて苦笑する。期待したリアクションとは違うけれど、結果的に少しはびっくりさせてやれたらしい。
ルークは体を執務室に入れながら室内を見回した。ここに来るのはなんだか久しぶりな気がする。久しぶりどころか、まともにここを訪れたのはルークがガイの屋敷に住むことになった日、案内がてら部屋を見せてもらった時以来じゃないかと気付く。いつもガイとは隣の寝室で過ごしているし、ガイのいない時にはもちろん執務室に入る訳にはいかない。ここで仕事をするガイにたまにお茶を持って行ったり、寝る前に雑務をするガイの様子を見に行ったりすることはあったが、その都度ガイはすぐに仕事に区切りをつけてはルークと執務室を出た。だからルークにはこの部屋で過ごした記憶がほとんどない。今も、ガイは手にしていた資料に栞を挟んで机に置き、ルークへ歩み寄る。近付いてくるガイはやはりなんとなく部屋を出るように促している気がする。
「なあ、おまえ俺に執務室に入られんの嫌なの?」
じっ、とガイを見つめて聞いてみると、ガイは一瞬詰まったように動きを止め、ややした後目線を泳がせたので、その反応を見たルークは自分で聞いておきながら驚いてしまった。
「え、マジで?」
「い、いや、嫌って訳じゃない……けど」
困り顔になってしまうガイを見ると、ルークの胸の内にさっと冷えが走る。
「……ごめん、マジで邪魔だったか、仕事の」
「いや、そんな風に思った訳じゃない」
ガイは慌てて否定してきて、ルークは首を傾げる。
「あ、俺に見られたらいけない書類とかがあるんだよな」
「それはまあ…でも、おまえがその分別がつかないとは思わないよ」
「じゃあ、何で?」
理由が見つからなくてガイに尋ねる。 ガイはやはり返答に迷っているようだが、じっと見つめ続けているとやがて根負けするように小さく言葉をこぼしだす。
「……その、嫌では、ないけど」
「けど?」
「……おまえの気配が、ここに残ると……仕事に集中できないから」
ガイは口許を覆うようにして、赤みを帯びた顔を隠した。
「それ…」
「おまえがTPOを弁えた試しがないからだろ」
言い訳めいた口振りでルークを遮るガイの手を、「じゃあ」とおもむろにルークは掴んだ。驚くガイをぐいっと引き執務室を出ると、隣の寝室へガイを連れ込む。扉を閉め、ガイの手と背中を扉に押し付けた勢いもそのままに、ルークはガイの唇を塞いだ。
「ここならいいんだろ」
そう言うルークの表情はすでに喜色にあふれていた。
ガイの言葉をルークはよく理解できた。ルークも時折同じ現象にくすぐられることがあるからだ。寝室の扉が目に入れば、帰宅してきたガイがルークの姿を目に留めてあたたかくほほえむ顔が。椅子を見れば、今日は疲れたなんて言いながら使用人時代に培ったらしい行儀の悪さで体を投げ出すようにどさっと座る姿が。窓なら、カーテンを開けて朝の光を浴びるガイがまぶしさに目を細めるシーンが。そんな風にふとしたきっかけでガイの姿を思い出すことがある。そんな時、自分はとてもあたたかな気持ちになって、今頃ガイはどうしているだろうなんて思いを馳せてみたりする。ガイも同じようにふとした時にルークの面影を感じることがあると言っているのだろう。仕事の最中に真剣な青の眼差しがふと自分の赤を映して、集中を乱されて一人困っているところを想像すると、可愛くて笑わずにはいられない。
ガイはルークの笑顔を見てうろたえる素振りを見せたが、すぐにルークをたしなめるように睨む。
「場所しか合ってないだろ」
「ちょっと息抜きってことで」
「そんなだから不用意に執務室に入れられないんだよ」
「そんなに仕事手につかなくなんの」
「…」
「俺のことばっかり、考える?」
「……気が散るんだよ」
「えー、もっと言い方あんだろ」
横を向きたがるガイにくすくす笑いながら二度、三度と口を啄む。ガイの青い瞳がゆらめいたような気がしたけれど、ふるふると首を横に動かされる。
「だから、仕事中」
「休憩中で、ここは寝室」
スパッと切り返すとガイは驚き、弱りながらも感心するような目をした。
「…おまえ、言うようになったな」
「ガイはちょっとちょろくなったな」
「言うな。気にしてるんだよそれ」
「へへ、俺は嬉しいから、いいよ、そのままで」
なけなしの反抗のように閉じる唇に、ルークはもう一度自分のそれを重ね合わせる。
「続きは夜に、ここで」
ちらっと視線を後方へ送る。 ガイもつられて視線を寝室内へ、白いシーツで整えられたベッドへ送る。
「時も場合も整えて、あそこに転がり込むの楽しみにしてる」
意地悪少々本音多分に笑って言うと、ぶわっと朱に染まるガイの首にルークは腕を回し、そのあたたかくくすぐったい幸せをぎゅうと抱き締めた。
「………も、ほんと勘弁してくれって」
「ああ、わりわり。仕事の邪魔するつもりじゃなかったんだけど」
「どの口が言ってんだ」
「へへっ」
ガイに口に指を突き付けられたのでルークは笑って後ずさり、本来の用事であった忘れ物を回収すると、
「じゃあ、また夜にな」
弱りきった赤い顔で閉口するガイを残し、寝室を出た。とんとんと上機嫌な足音で階段を下りる。たまには忘れ物もしてみるものだと、ルークは満面の笑みでガイの屋敷を後にした。





end


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