ルクガイ

□アテンションプリーズ!
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きりきり。きりきり。ねじのおと。きらい。
あれがきこえているかぎり、がいはこっちをむいてくれない。
がらくたとあそんで、おれはひとりぼっち。

きりきり。きりきり。ねじのおと。










昔っからガイは音機関に夢中で、それを目の前にするとアホかっつーくらいテンションが上がってうざってぇ。
屋敷にいた頃、ガイがいつも外から音機関をもらってくるのが嫌だった。あの頃俺は屋敷から出られなかったから、今みたいに一緒に音機関の店を回ることもなかったし、だから興味が沸かなくてガイの土産話も面白くなかった。ガイが俺がどうやっても手の届かない所のことで俺に見せたことのないような顔で笑うんだ。それがどうしようもなく嫌だった。
それでも今は、ガイが音機関の店に行く時一番に俺を誘ったり、おまえと一度こうやって買い物したいと思ってたんだとか言ったりするから、まあ付き合ってやるのも悪くねえと思うようになった。ガイがつらつらと話す音機関の魅力については相変わらず右から左だけど、商品棚のサンプルを一緒に手に取りながらいじってると降ってくる、なー! 面白いだろー!? ってキラキラしたガイの顔は、もう嫌じゃない。全然分かんねえよ! って、俺も笑いながらガイを小突き返すくらいには、音機関の時間を楽しめるようになっていた。

でもそんな俺でも未だに顔が歪む時間が一つ。
キリキリキリキリ。嫌な音。

ガイが宿屋に買って帰った音機関を組み立て始めた。こうなるともう楽しくもなんともない。ガイは笑顔を消してむかつくくらい真剣な顔を音機関にだけ向けて、声を掛ける隙もない。小さな部品を神経質に揃えて並べて、時折説明書を見比べたりして、大きさの違う螺子回しをちまちま持ち替えながら、見ているだけでも嫌気がさすほど細かい作業に没頭している。ガイって何でこんなのが好きなんだろう。俺にはその良さが全く分からない。こんなん一分で飽きそうだ。なのにガイはもう十分以上も熱中している。自分の世界に音機関だけ連れ込んで。面白くない。
ガイが音機関を作っていくのを横から眺めていたこともあったけど、俺には何がどうなってるのか全然分からなかったから本当にただ見ているだけになった。ガイも特に話しかけてこなかったから、やっぱり一分も見ていられなくてすぐ離れた。カタカタキリキリ音がして、ガイは音機関に夢中になっている。ああ面白くない。
自分の口が不機嫌な形にひん曲がっているのが分かった。頑なに閉じられた口の中に解消しようのない不満が溜まって頬が膨らむのも分かった。そんなことには当然ガイは気付かない。俺がこんなに視線を向けているのにも気付かない。一度もこちらを振り向かないのだから。むしろ俺が同じ部屋にいること忘れてんじゃねーかっつーくらい、音機関と。…。………。
――ガイったら本当に譜業が好きなのね。ティアが呆れながら呟いたのを思い出した。
ああ、ほんとだよ。ガイはほんと、好きだよ、こんなガラクタが、何よりも。食事に魚が出た時よりもテンションが高ぇ。剣の稽古の時も楽しそうだけど、熱の入りようが違う。本当に本当に、音機関が好きなんだ、ガイは。何よりも。何よりも。――その証拠にガイは一度もこっちを振り向かないじゃないか。一度も、一度だって、ないじゃないか。
ガイは音機関ばかりを見つめて、触って、熱を注いでいる。
俺は、キリキリ、きりきり、あの音がする間は、いつも、いつも、―――
――ガシッっと掴んだガイの肩を力任せに引っ張った。安物の椅子がぎぎっと床をすべってガイは体ごとこちらを向いた。驚いて丸まった青い瞳がちらっと視界に入ったけど、俺が狙ったのは同じく驚きに薄く開いていた、やわらかくてあったかい、無防備な唇だ。
瞬間、息を止める。
「――俺にも構えよっ、ガイの馬鹿!」
ガイを、俺以外の誰にもやる気なんてないってことは本人にも伝えている。だけど、それに一言追加だ。物にだってガイをやりたくない!
ガイの好きなものは、一番に好きなものは、俺であってほしいのに!
ガイは無反応だった。一瞬邪魔をしたことを怒られるかと思ったけどそれもなく、ただキスする前に見た表情と同じ顔のまま止まってしまった。何で何も言わねえの! 俺の言ったこと聞いてんのかよ! とこっちが怒りたい気分だ。
だけど。
カターン、と。音。ガイが螺子回しを落っことした。キリキリの音が止まる。
俺は床で跳ねる螺子回しを思わず追った視線をガイに戻した――途端、自分の顔にぶわぁって笑顔が浮かび上がるのが分かった。ああなんだ、ちゃんと返事してたんじゃん!
「な、ちょっときゅーけい、だな!」
俺は満面の笑顔でそう言った。ガイが螺子回しを拾えないように指と指を絡めて、ぎゅっと繋いだ。もう片手はこれ以上ないほど真っ赤に染まった頬に当てて、カチコチのガイにもう一度覆い被さった。
へへ、やっとこっち向いた。
今ガイは俺のもの!





end


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