ルクガイ

□so sunlight filled enough
1ページ/1ページ

「では、ここで休憩にしましょう」
木々の多い草原の、街道から少し外れた所に、一行は休憩の陣を取った。
「はぁ、くたくた〜」
「そうですわね。今日は魔物によく遭ってしまいましたし…さすがにくたびれましたわ」
「何か作るわ。皆、食事が出来るまで休んでいて」

「ガイ、こちらへ来なさい」

はっ、とルークは顔を上げる。雑談の中からやけにその声だけが鮮明に聞こえてきたからだ。声のした方へ顔を向けると、ジェイドとガイが、皆から離れて行くのが見えた。何だ、何で、どこに? 疑問符をたくさん浮かべている間にも二人の姿が木々の中にすぅと消えていく。まるで隠れるみたいにして、二人っきりで、変だ。これは、これはもしかして、こないだアニスが言ってた、うわき、とかいうやつなのか、そんな、そんなまさか? ガイに限って??
妙な混乱をしながら、ルークは二人の後を追った。

(アニスちゃん、ガイが女性恐怖症じゃなかったら、も〜っと積極的にアピールしちゃうのにな〜)
というガイにとっては拷問だろう言葉が思い返されルークの頭をぐるぐる巡る。アニスは、金目当てかもしれないけど、でも実際ガイが女の人に言い寄られるのをルークはしょっちゅう見かけた。ガイは(俺は可愛いと思うけど)顔もカッコイイし、性格も(俺は可愛いと思うけど)爽やかでいい感じだし、なんかとにかくいい物件なんだ(これはアニスの言い方だけど)
そんなガイだからもし、うわきを本気でやろうとしたら軽くできてしまうに違いない。正直、そんな事やられたらショックだしたぶんただではおかないししかも相手はあの鬼畜眼鏡だしもしかしたらガイが嫌がっても向こうが押し切ってしまうかもしれないしアレ? つまりガイの危機じゃん、ガイ!
「ガイ――? どこだっ? ガイ?」
ぐるぐる混乱しつつもガイを呼ぶ。少し歩くと木々はかなり茂っていて、ちょっとした林のようだ。幹を掻き分けるように進みながら、ルークは金色の頭を探した。

「―――貴方の悪い癖ですよ」

声を捉えた。誰の声だなんて考える必要もない、低くてよく通る声。どこだ。
ばっ、とルークが奥の奥の木を乗り越えると、探していた二人がそこにいた。
そしてルークは、衝撃に目を見張る事になる。
想像したうわき現場があった訳ではない、そこにあったのは、ジェイドに腕を取られて、包帯を巻かれるガイの姿だった。
包帯。それに目を奪われてルークは言葉も出ない。何で、そんなものが、ガイの腕に。ぱくぱく、と唇だけが先走って何度か開閉する。
そんな中、ふざけたような声が、ルークの鼓膜を叩いた。
「おやおや、見つかってしまいましたか。浮気現場を見られた事で修羅場が始まる訳ですね。間男が私と言うのが非常に不満ですが、仕方ありません、付き合ってあげましょう」
「ちょちょちょ、何訳分からん事言ってんだ、これは浮気じゃない、断じて違うっ!」
「んなの見りゃ分かるっつーの!!」
二人の言葉をかき消すように、ルークは厳しい声で叫んだ。ガイの包帯しか目に入らず、ガイの隣に膝をついて、ジェイドに支えられているガイの腕を取った。
「ガイどうしたんだこれっ…ケガしたなんて、聞いてねーぞ!」
「ルーク落ち着け、ケガって言ったって、もう治した。何も心配すんな」
「治したって、だって包帯…っ」
「気功術では充分な治療とは言い難いですから、万が一傷が開かないよう、固定しただけですよ」
ジェイドが救急用具をしまいながら説明する。二人があまりにもあっさりとした態度なので、ルークは余計に混乱を強める。
「いい機会なので、ご主人様に報告しておきますか」
「え…?」
「実はこれ、今回が初めてじゃないんですよねぇ」
「ジェイド」
ガイがジェイドを制する。だけどジェイドは介さず、ルークにまっすぐ目線を向けながら続ける。
「ガイは無駄に自分で治癒功を使えるものですから、怪我をしてもティアやナタリアを頼りません。貴方にもね。もちろん、旅や戦闘に支障をきたすような傷であれば別ですが」
…そうかも。思い返してみる。「ちょっと怪我したから守護法陣頼むわ」なんて聞いた事のない台詞だ。
「しかし、第七音素と気功では治癒効果に大きな差があります。だから傷は完治できず、こうして補助が必要になるのですよ」
ジェイドがガイの包帯の巻かれた腕に視線を送る。ガイは苦い顔をして、ジェイドの視線を受け止める。
混乱、いや、頭から冷水をかけられたような心地。それってつまりガイは今までケガしてもずっと隠してきたって事なのか。
「…何で…何で黙ってたんだよ!」
「それは…」
「譜術は多かれ少なかれ術者へ負担がかかります。それを避けたいらしいですよ」
淡々としているのにどこか非難めいた口調のジェイドに、ガイは居た堪れなさそうに視線を逸らした。しゅんとしたその態度を見たジェイドは、くす、とからかいを強調するように笑う。
「レモングミも食べませんし、ねぇ?」
「う……」
「まぁとにかく、あまり気分の良い事ではないので、口止めされていたんですけどあえて報告してみました」
「…みました、とか言っても可愛くないって、おっさん」
「ははは。まぁ、ただの嫌がらせですよ。気にしないで下さい」
「この野郎……」
「それで」

「貴方はどう思いますか、ルーク?」

そんな風に言葉を残して、ジェイドは皆がいる方へと戻っていった。
「…………くそっ」
ルークは、その後姿が見えなくなってから悪態をついた。ジェイドへ、ではなく、自分自身に。
ジェイドは気付いていたのだ。ガイのケガの事。
自分だってガイの性格、優しさや気配りの良さや、無理を平気でする性質だって、知っているはずなのに。…気付けなかった。それは、とても、悔しい事だ。
「…ルーク…変なとこ見せちまったな」
「気ぃ遣うな、余計むかつく」
ずっと取ったままだったガイの腕を、つらくないように下ろして、よしよしとさする。どの程度の傷だったのかは分からないが、包帯に触れてもガイは痛がらないし、血も滲んで来ない。本当に、傷は癒えているみたいだ。
……つまり容赦は要らない。
「ぉおわっ!」
どかんっ! とガイに体当たりをかました。
不意を突かれたガイは衝撃のままに地面に倒れこむ。そのまま沈めて、ガイの体をこれでもかという程の力で抱き潰した。
「いででででくるしいくるしいルークっ」
「ガイの、馬鹿! おまえもう集気法禁止! いいな!?」
「えええっ」
「集気法で治るような傷なら、今度から俺の所に来い! いいな!」
「ルークちょちょくるしいって」
「無理禁止!! 分かったら、返事!!」
「………はぃ」
半ば吠えるようなルークに気圧される形でガイが首を縦に振る。それをしっかりと確認し、ルークは体を起こしながら「それから」と続ける。
「……もっと俺にも、甘えて」
ガイが、ぽかんと空色の瞳をまるくする。ルークに続いて体を起こすガイに付いてきた草を払いながら(これは、ガイの真似、だけど)そんな空色を見つめ返す。
「ジェイドにばっかずるい」
感情に任せてそう告げると、知らずにむぅと口が尖ってしまった。
ガイは、ぷっと吹き出した。くつくつと笑い始め、仕舞いにはあはははっと声を立てて笑いだした。ルークはちょっとぽかんとした後、顔を赤くしてガイに噛み付いた。
「何笑ってんだっつ――の!!」
「ははは、だっておまえ、もう、ほんとっ…」
ガイの手がルークの頭を無造作に撫で回す。ルークはだぁっとその手を振り払う。そーゆーのは俺がやりたいのに! ルークは仕返しにガイの頭もめちゃくちゃにしてやる。あはは、こら、やめろ、ガイがころころ笑いながらルークの手を掴んでくる。ルークは膨れる。怒っていたはずなのにこんな顔をされたら、どうにもうまく、怒れない。せめてガイの頬をむいーっと引っ張ってみる。
「俺は心配してんだっつーの」
「いたたた、ごめんごめん」
眉を下げて、さすがに降参だと笑いながら両手を挙げるガイ。可愛い仕草。ああもう。ルークは怒るのを諦めて、ぽそり呟くような声でガイに語りかける。手を離して、ちょっと伸びた頬を撫でてやりながら。
「…ジェイドの方が、頼りがいがあるのは分かってっけど、俺だってガイがケガしたら、包帯巻いてやりたいし、ガイがつらい思いをしてたら、真っ先に気付いてやりたい。だって」

「ほんとはそれは、俺の特権のはずだろ?」

にぶくて、半人前だけど、
それでもガイの事は、誰よりも好きで、
優しくて、気配りが良くて、無理を平気でするガイを
甘やかすのは、恋人である俺の仕事なんだから。

ざっ、と草を踏む音がしてルークは下げていた視線を上げる。ガイが立ち上がり、ルークの隣に移動し、座りなおした。そして。
「ぁ、わっ」
ぽて、とルークの肩に頭を預けてきた。ルークは突然のよりかかってきた重みにびっくりする。
「おまえの前でなんて甘えられないよ。俺はおまえに甘えて欲しいんだから」
より体重を預けやすい位置を探しながら、ガイが言う。ルークは瞬きした。言ってる事とやってる事が噛み合ってない。だけど、ルークはガイの体に腕を回して、ガイの体を支えてやる。何気にこの体勢も初めてで、何となくどきどきした。ガイの髪の毛が首に当たってくすぐったい。
「…いいよ、甘えろよ。俺は、甘えて欲しいんだ」
「………ん――…」
首元から気の無い返事。あれ俺今かなり重要な事を言ったはずなんだけど、ガイ聞いてなくね?
不安になってガイの顔を見ようとしたけど、動いたらガイが落ちるかもしれなくて、結局できなかった。
ルークは仕方なく、どきどきした気持ちを紛らわすために、ちょっと視線を上げて空を見た。頭上の木々の隙間から漏れた光がきらきら降り注いでいる。















「……いい天気だなー。眠くなりそうだ」
「…俺も…あでも、ここ来る前、ティアがメシ作るって言ってたなー…」
「そっか…じゃあそろそろ戻んなきゃな…」
「ん――…」





そんな事を言いながら、どちらも動こうとはしなくて。










「…ほんっと、しょうがないよねぇ」
「でも陣から離れてしまっては危険ですわ。わざわざこんな所でなくても…」
「それじゃあこのショットは見れないでしょ。ねーティア?」
「えっ? ええ、そうね…(……二人とも、かわいい……)」
ルークはだらんと両足を投げ出して背後の木にもたれ、のほほんと口を開けて。
ガイはルークの両腿にすっかりずり落ちた上半身を預けて、気持ち良さそうな顔で。
すっかり、寝入ってしまっていた。
「ルークはしょっちゅうだけど、ガイまで居眠りなんて珍しい〜」
「そうですわね…。こんなに良く寝ているのに、起こすのもなんだか可哀想ですわね」
「大佐、どうしましょう」
話を振られたジェイドは、改めて二人に目を落とす。
( 俺には回復手段があるから、できるだけルークやアニスを援護して欲しい。それに、俺一人の治療をしないだけでも、ティアやナタリアの負担は確実に減るだろう? )
一人隠れて傷の手当をするガイを初めて目撃した時、ガイはそう自分に言ってきた。
( 貴方はもう少しエゴを覚えた方がいいですよ )
( うーん…俺の考え方もある意味エゴイストだぜ? )
( 疲れるエゴですね。もっと甘えればいいんです。エゴとは本来、そういうものでしょう )
( 旦那が、こうして俺の事を気にかけてくれるだけで、充分だよ )
ガイはにっこり笑って、ジェイドに礼を述べて見せた。
やっかいだった。これが強がりでできているのなら崩す事も容易なのだが、あれは完全に本心から生まれた笑顔だった。それであるから頑ななのだ。痛みも、苦しみもあるだろう、だけど彼は決して自分に甘えようとはしなかった。
それなのに。
この両足に無遠慮に体を乗せて赤い子を独占する姿は、痛みを殺して笑っていた彼とは、まるで違う。
説得の相手が変わっただけで、こうも彼はエゴの塊になれるのか。
「…まったく」
ふ、と一息ついて、ジェイドは提案する。
「もう一度、こちらに陣を張り直しましょう」
「あれれ? 大佐、やっさし〜い!」
「ま、たまにはいいでしょう」
そうと決まれば早速行動を開始。二人を起こさないように静かに遠ざかり、最初に腰を落ち着けていた場所へ、荷物や昼食の入った鍋を取りに向かう。
穏やかな寝息を立てる子供達を遠目に、ジェイドもまた、静かに笑みを湛え、踵を返すのだった。








風にそよいだ髪の毛をくすぐったく思った赤い子がむぅと呻いて、頬をかく。
その手が、ずるずる下降した時に触れた金色の髪を、ふわふわと撫ぜた。






end


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ