ルクガイ

□スカイ・ブルーに抱かれて眠る
1ページ/2ページ

障気は嫌だ。
紫色の空気は己が破壊した街の色だ。

「………………」
ルークは幾度目かの寝返りを打った。ぎ、と固いベッドのスプリングが軋んだ。
今日は久しぶり宿屋に泊まる事ができた。おかげで魔物の襲撃も天候の崩れも気にせずに、ゆっくり休息を取る事ができる。だと言うのに、ルークはなかなか寝付けずにいた。肌触りのいいシーツも、野宿の際に使っている砂まみれの毛布などより断然心地いいのにも関わらず、なかなかルークを眠りの中へ誘ってはくれなかった。
眠る事も自己管理のひとつだと忠告を受けた事がある。きっと皆は今晩しっかりと体を休め、次の日は旅の足を早めるに違いない。この旅の"一刻"とは本当に惜しいものなのだ。だから余計に、眠らなければ、という焦りが生まれてくる。それがさらに眠りから己が遠退く原因になっていると、分かってはいるのだけれど。
「……………」
もう一度、寝返りを打った。
深呼吸をしようとしたが、夜の闇とは違う薄暗さを目にし、それをやめる。世界は障気に侵食された。ここが屋内である事も最早関係なく、暗い紫色が靄のように漂っている。…ルークにとっての罪悪と後悔の、色。
「…!」
ルークは逃れるようにシーツを被り直す。眠ってしまおう。今後悔なんて繰り返したって罪を償う事には繋がらない。それよりも、明日、明日、戦争を止めるために一歩でも二歩でも足を進めるんだ。それこそが、それ、こそが、自分にできる、自分がやり遂げなければいけない、最大の事なんだ。だから、今は寝なきゃ。その一歩が足りなくて、誰かの命が消えてしまうなんて、絶対、絶対、駄目だから。
「…………………………」
ぎゅう、と目を閉じた。体がかちかちに固くなっているのが分かる。
動悸なのか、吐き気なのか。なんだか分からない気持ち悪さが胸を圧迫する。
「…………、…………


………………くそっ」

小さく。だけど吐き出すように呟いた。
だめだ。眠れない。
ルークはむくりと体を起こした。どう考えてもこのまま眠れる気がしない。がしがしと頭を掻いて、盛大に溜息を吐いた。自己管理できない自分に嫌悪を感じる。それを、ぐっと目を閉じる事で押し込めた。
(……どうして俺ってこうなんだ……しっかりしろ)
気分が悪い。吐き気がする。宿の人に頼んで水でももらってこよう、そう思って、ベッドから降りる為体を動かした。
と。
目線が、隣のベッドで眠る青年にふっと合わさり、ルークは動きを止めた。
ルークに背を向ける形でシーツにくるまっているその体はしんとして動かない。
「…………ガイ…」
ぽつ、と小さな声が名前を口にしたけれど、ガイは反応しない。よく眠っているようだ。ルークはしばらくガイの後ろ髪を見ていたが、やがてそっ…と立ち上がり、ガイのベッドへと近付いた。

寝顔が見たい。
そうしたら、少しは落ち着きそうな気がする。

ベッドに乗り上げるのはガイを起こしてしまいそうだったからやめて、上から覗き込んでみた。下ろされた髪の毛が顔を隠していてよく見えない。しばらく頑張ってみたけれど、結局見えなくて焦れて、ルークはそー……っとガイの前髪へ手を伸ばした。起きるなよ、と口の中で呟いて、慎重にガイの髪を指で、横へ流す。すると、閉じられた瞼が現れて、ルークは思わずどきっとした。そのまま、半ば緊張に固まった状態でガイの様子を伺う……起きた気配は、ない。その事をじっと確かめて、ほっと一息。ルークはようやくガイの寝顔と対面できた。
(……………)
そこにあるのは、ふわ、と閉じられた瞼と金色の睫毛。いつもの、あの空みたいにキレイであったかい青がいない。それはルークにとても新鮮に映った。それだけ自分はガイの目をよく見てるんだなって気付いた。あの青空見てるだけで心が安らぐんだ。
(あれだけは紫で隠れたりしない。あれがあれば、俺は空のほんとの色忘れない)
寝顔かわいいな、と思わず口に出してしまった。ガイは子供のように小さな寝息を立てて眠っている。ちょっぴり開いてる口元が間抜けで、ルークはくす、と苦笑いした。
無防備な唇、触りたい。あれはとってもやわらかくて気持ちいいんだ。そう思ったらキスの時の感覚がふうっと体に上ってきて、ルークはむっと唇を甘噛む。
(………………、だめか、な)
うず、と体が、唇が疼いた。
触りたい。キス、したい。
思わず唇を湿らせた。
喉が渇くような感覚。
ルークはまじまじとガイを見つめ直す。
(……寝てる、よな、起きない、よな)
もう一度唇を噛んだ。ガイは本当によく眠っている。でもやっぱり起こしてしまうかも。でも、ああ、でも。…でも。
(…………〜〜〜〜ごめん!)
きゅ、と唇を結んで、ルークは身を乗り出した。
膝をベッドに乗せてゆっくり体重移動。きっ、とスプリングが軋んで焦るけれど、ルークはなんとかガイの体の向こうに手を付いて、ガイの体に覆い被さる事に成功した。ガイを見下ろしてみるけれど、起きる気配はまったくない。思わずふぅと達成感のため息。よし!
…………だけど。
(………ちょっと……こっち向いてくんねーかな……)
ガイは体を横にして寝ている為、真上からはキスをしに入り込む事ができない。ルークは指をもどかしげにわきわき動かした。なんとか寝返りを打ってくれないだろうか。
(………ガーイー……)
心の中で、ちょっぴり責めるようにねだって、ルークはついガイの頭を撫でた。髪の毛の中に手を埋めると、さらりとした金糸の感触とじんわりあたたかい体温が気持ちいい事に気付いて、何度も何度も撫でた。それでもガイは、目を開けない。
(………、へへ)
口元が、優しく笑みの形になっているのが自分でも分かる。ルークはまるで愛犬の毛並みを整えるようにガイに触り続けた。ああ、ずっと撫でてても飽きない。手触り良くてあったかくて、可愛らしくてたまらない。いっそ髪の毛をめちゃめちゃにかき回してやろうか、ああ、それは明日、ガイが起きた時の楽しみにとっておこうか、そんな風に、思って笑った、
その時。
ビクン! とルークは手を硬直させた。
ガイの、金色の睫毛が、ふるりと動いたからだ。
(やばい……っ、いつの間にかめっちゃ触ってた!)
そう今更気付いたけれど、遅くて。
閉じられていたガイの瞼から、青色が現れた。

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ