ルクガイ

□ファーストラズベリー
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昼下がり。ぽかぽかした、気持ちの良い晴れの日。
ガイが窓際のソファに体を倒して、目を閉じていた。
(眠っているのか)
開いていたドアの隙間からその姿を見かけたアッシュは思わず足を止めた。
ガイと同居を始めてしばらくになる。その間、ガイはすべての家事を賄い、学業をこなしと、いつも忙しなく動いていた。少なくともアッシュの目にはそう映っていたから、こんな風にゆったりと体を横にしているガイが、何だか意外だ。すうすう、静かな息を立てる寝顔は、とても無防備。
「……………」
アッシュは、音を立てないように慎重に、ガイのいる部屋の中へ体を入り込ませた。せっかく休んでいるガイの邪魔をしてはいけないと頭の隅の方が告げている。だけどアッシュはガイに近付く足を止める事ができなくて。
「……………」
そっと、ソファーの前に膝をついた。 ガイの顔が、すぐ側に。伏せた睫毛の長さまでがよく分かるほどの距離。
「……………………」
可愛い。
居眠りなど珍しい事をしているから疲れているのかと思ったが、閉じられた瞳も息遣いも、とても穏やかだ。むしろ。ソファーという狭い場所では寝にくいのか時折もぞもぞと体勢を変える仕草が、その時に無性に子供っぽくなる表情が、可愛い。可愛い、思わず触れたく、なる程。

「――――何してんだよ、アッシュ」
「!!」

ビクッ!!
…と、無意識にガイに伸びかけていた指を引っ込め、不覚にも身を強張らせてしまったアッシュが振り返る。いつの間にかドアの所に、もう一人の同居人であるルークが立っていた。アッシュに似た色の、たっぷりとした赤い髪を揺らし、ルークもまた部屋の中へ入ってくる。ズカズカ、足音を立てながら。アッシュは慌ててこの不作法者を叱り飛ばす。………もちろん小声で。
「ばっ、この屑が! ガイが起きるだろうが!」
「はぁ?」
ルークが眉根を寄せるが、アッシュの体の向こうを見て、納得したように顎を動かす。
「ガイ、寝てんの?」
「見れば分かるだろう」
「………フーン…」
すとんと、アッシュの横に膝をつくルーク。
そして。
「!!?」
あろう事かガイの唇に自分のそれを合わせた。
想定外どころではない出来事に、心臓が飛び出さんばかりの驚愕に見舞われ、思わずアッシュの体は崩れかけた。ルークの長い朱色の髪がさらりと流れ落ちてガイの顔を隠す。が、そんなフィルターなど何の意味もないと断言できる程、生々しくガイの唇を味わう様がアッシュの目に飛び込んだ。
「ん……、…ん…」
苦しいのか、ガイが大きく息を継いだ。目は変わらずに閉じられたままだが、ルークに開かれた唇が小さく反応を示す。開いた時に深くなる口付けに応えるように、無垢な仕草で、はむっとルークの唇にガイのそれが噛み付いた。アッシュはびくりとする。てっきり嫌がるだろうと思ったのに、ガイは心地良さそうだ。やがて、投げ出されていたガイの両腕がゆっくりと上方へ上がり、朱色の髪を絡めながら、ルークの首へと回った。
「起きたか? ガイ……」
くい、とルークがわざと首を傾ける。長い髪がさらさらと降りて、ガイの視界を塞ぐ。その効果かガイはすぐ後ろにいるアッシュの存在には気付いていないようで。
「…ん…どうした…?…ルーク…」
とろん、ととろけた声で、ガイはそう囁きかける。
その、甘さ。気だるげで、色を含んでいるのは、寝起きのせいか。アッシュは今まで聞いた事のないガイの声音にびっくりして顔を赤くする。だが一方のルークは特に気にするでもなく至って普通の態度だ。まさか以前からこんなガイの様子を知っていたのかと、口をぱくぱくとさせてしまった。
「べつに。何寝てんだよ」
「俺だって昼寝ぐらいするっての…」
「なぁ……もっとキス、しよーぜ」
「………」
「ガイからしろよ」
傲慢な物言い。だけど、ぐ、とガイの腕に力が籠もる。ルークがそれに応じるように体を倒すと、再び二人の間に距離がなくなる。
あまりにも素直に命令に従うガイに、一瞬ルークに弱みでも握られているのではと頭をよぎるが、すぐにその考えは否定させられる事になる。
「…ルー……ク……」
上がった息の合間からかすれた声がルークを呼ぶ。主導権はガイに与えられているのに幾度重なってもキスは止まない。それは、ガイもルークを求めているという絶対的な証拠だった。アッシュはその場から動こうにも動けず、二人の戯れを茫然と眺めた。くすくす、ルークが笑って、改めてガイの唇を奪う。ガイは目を細めて、はらはらと落ちかかるルークの髪を掻き上げる。
と。
アッシュとガイの、目が合って。
ガイの動きが、一瞬、止まる。


「! ん、んむうっ!」
一呼吸後。ガイは慌てて体を起こそうとするが、ぐっとルークに押さえ付けられて叶わず、じたばたと暴れ始めた。今頃になって顔を赤くされてももう全部見てしまったのだ。アッシュはすでに真っ白になりかけていた。
「いて、歯ー当たった」
「ばっ! ば、ばっ、か、あ、ぁ、ぁっ…」
ようやく離れたルークの下で、真っ赤になったガイが意味不明な単語を繰り返す。
「な、なに? な、な、ななん、で? なんでっ…」
大混乱のガイが主語のない問い掛けを繰り返す。恐らく何故アッシュがここに、とか、何故こんな状況でキスなんかしてんだ、とか、そんな感じだろう。
「何でって………コイビトなんだから、当たり前だろ」
「!! ば…っ!」
衝撃のカミングアウトをさらりと抜かした唇を、ガイが塞ごうと腕を伸ばすが、ルークはひょいとそれをかわし、くい、とガイの顎を掴んで、自分の方へ引き寄せる。ガイは嫌がって抵抗するが、ルークの瞳と視線がぶつかると、硬直してしまって。
「ガイは、俺のもんだろ? 簡単に手ぇ出されてんなよ」
「……!……」
むっすり、ルークが頬を膨らまさん勢いでそう言うと、ガイはこれ以上もないという程に真っ赤になって、緊張した手足が限界を迎えたのか、ずるずるとソファーに沈んでしまった。ルークがそれを追い掛けるように、ガイの唇にまたキスを仕掛ける。
「………ッ!」
もう見てられるか!
どかんとドアを壊さん勢いで開き、アッシュは脱兎の如く二人から走り去った。










それから。
相変わらずガイは忙しなく、家事に学業に精を出している。
………が。
「あ、………ッシュ、…おはよぅ」
「…………あぁ」
あの出来事を境に、ガイはアッシュに目を合わせなくなってしまい。アッシュもまた、まじまじとガイを見る事は叶わなくなった。
お互いに気まずそうに目線をあさっての方向に飛ばしながら、ぎくしゃくと応対する。
「朝飯の……卵、何にする?」
「………あぁ…、…目玉」
「…あぃよ……座ってな…」

「ガーイー。俺は卵焼きがいい」

…それから、もうひとつ変わった事と言えば、ルークが堂々とガイにひっつき始めた事、である。
「る、ルーク。分かったからひっつくな」
「何で。嫌か?」
「……ぃや、じゃ、なぃ…けど…」
「卵。甘いのがイイ。腹減った早くー」
「…………」
これは。アッシュに関係をバラした事で心置きなくいちゃついているというより、アッシュに対するルークなりの牽制のつもりなのだろう。余程アッシュがガイに触れようとしたのが気に障ったらしい。ルークはガイの背中にぴったりくっついて離れない。
(屑がッ……)
口には出さず、アッシュは心の中で悪態をついた。そんな行為に意味などないと、とっとと気付きやがれ。
そう、その牽制は、意味のないもの。
何故なら、ガイの頭の中は既にルークの事で満たされているからだ。
今も。じゅう、とフライパンの上で焼かれるのは甘みの混じった溶き卵。
最初の注文はアッシュが頼んだ目玉焼きのはずなのに。
ルーク好みの半熟に卵焼きを仕上げ、切り分けて、皿に移して、それからようやく目玉焼きの事を思い出すに違いない。思えばこんな朝をもう何度過ごしていたか。二人の付き合いがいつからかは知らないが、きっとずっと前から、ガイの心は決まっていたに違いないのだ。
だというのに、この劣化野郎はそんな事には気付きもせず、必要以上にガイを捕らえようとする。
ガイの心が今更こちらを向くなど考えられないのに。
(……………)
それを寂しく思わない訳ではない、けれど。
ガイはなんだかんだ言いはしても、結局ルークに触れられて、幸せそうに頬笑むから。
どんな理由でもたらされていようと関係ない。ガイが幸せに満ちている、アッシュはその事実があるだけで充分なのだった。

「ガイ、味見ー」
「熱いぞ、いいから席着いて待ってろよ」
「イヤだ」
「……困らせないでくれ」
「んだよ、ガイがしばらくキス禁止って言うから我慢してやってんのに」
「!…ぃ、うなょ…!」
「文句ばっか……塞ぐぞ」
「おまえはもっと場所や場合を考えてくれ!」
「考えたら解禁?」
「ぅ…」
「約束だからな」
「……そっちこそ…!」

………でもその内引っ越そう。
朝から胸焼けしそうなアッシュは握ったコップにびきりと罅を入れながら、そう心に決めた。






end

 

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