ルクガイ

□てのひらの熱
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ルークが鳥を飼い始めた。

先日怪我をした鳥がルークの部屋の窓に辿り着いた。
手当てしてやったが飛べるまでは回復しなかったので、ルークがそのまま部屋に置いているのだ。
メイドたちは不衛生だからと鳥を取り上げようとしたがルークが癇癪を起こしてしまったので、結局俺が管理することで収まった。……最近メイドたちの間には「ご子息様に困ったら俺」という図式が出来上がっている。

「とりー、ガイっとり出してっ」
「こらっ、カゴを揺らすな。そいつ怪我してるんだから」
「うん」

俺はそっと鳥をカゴから出してやった。

「ほら、手に乗せるぞ」
「う、うん」

小さな両手の上に鳥を乗せてやると、ルークは喜んだように声を立てた。

「あったかいなー」
「生きてるからな」
「けがは、いたいかな」
「ん……だいぶ良くなってるみたいだけどな」
「なぁ、こいつなんてゆーなまえ?」
「えっ、と。……さあ、何だろうな」
「なまえないの」
「いや、あるけど、知らない」
「なまえ……」
「……………」



ドサッ!

俺は誰もいないのを見計らって、書物庫の椅子に乱暴に座った。
棚から出してきたのは鳥類図鑑。言うまでもなく、鳥の名前を調べるためだ。先日鳥の飼い方の本を必死に読まされたばかりなのに。坊っちゃんが何かに興味を示す度、俺は無駄にいろんな知識が増えていく。
坊っちゃんが昼寝をしてる時が俺の一休みの時間なのに、近頃は好奇心が増してきたようであれは何これは何とうるさい。適当な事を覚えさせる訳にもいかず、俺はその都度書庫通いをする羽目になる。迷惑な話だ。









鳥が鳴いた、気がした。






そして、ルークの泣き声。





はっ、と気付いたら(うたた寝してしまった?やばい)もう坊っちゃんの起きる時間になっていた。俺は本を元の位置に戻すと急いでルークの部屋へ向かった。

ルークの部屋の前に、数人のメイドが集まっていた。

「あっ、ガイ…!」
「どうかしたんですか?」
「それが」


鳥が逃げた。

掃除に来たメイドが声をかけたらルークは目を覚まして、俺がいない事にむっとしたらしい。
ベッドの上からどかないルークの機嫌を取るために、メイドは鳥をカゴから出した、そして換気のために窓を開けてしまった。

そうしたら。

「怪我をしてると聞いていたから、大丈夫だと思ったの」

そう言っておろおろするメイドに、俺が傍にいなかったからですと頭を下げて、その場を任せてもらった。ルークは目が覚めた時俺がついてなかったらとても不機嫌になるのだ。


「ルーク……」


ルークは声を上げて泣いていた。
まるで赤ん坊みたいに。
俺はベッドの上の主人の傍に膝をついて、顔を覗いた。

「ルーク」
「とんでっちゃった」
「うん」
「きらい、から」
「ん?」
「おれ、がきらい、だから、とんでったの」
「………」
「だから、いなく、な、の」

「だから、いっちゃう、の」



…………こいつ…





「きらいなわけないだろ」
「だって」
「きらいどころか、ルークはあの鳥の手当てをしてやったな?」
「…」
「そして元気にしてやったら、空へ帰してやった。鳥は空を飛んでる時が一番しあわせなんだよ。ルークは二つもいい事をしてやった。あの鳥はルークのことを忘れないぞ」
「…」
「最後に鳴いて行ったろ。あれはルークにお礼を言ったんだよ」
「…」
「……………な」

迷った。
迷ったけど。

俺は手袋を脱いで、自分の手を、ルークのてのひらの上に重ねた。

「……ほんと?」
「……ああ、ほんとうだ」
「…………」

きゅ、とルークが手の上の俺の手を握った。

「ガイはどこへもいかない?」
「……ああ」
「…ほんと? ぜったい?」
「ああ、ぜったい」

ぎゅっ、と首根っ子にひっついてきたルークをかかえて、俺はルークを庭に連れ出した。メイドたちに目配せして(今のうちに掃除を)(ガイごめんなさい)(大丈夫です)その場を離れて、ペールの花壇のすみっこに腰掛けて、空を見上げて鳥の行方を追った。

「どっちいった?」
「南じゃないかな。バチカルはまだ寒いから、あたたかい所に行くんだよ」
「どっち?」
「あっち」
「……あ! あれか? ガイ、あれ?」
「かもな」
「!」

ばいばい、と手を振るルークを膝に乗せたまま、俺はルークに見られない位置で、表情を曲げた。



(おれがきらいだからいっちゃうの)



……ファブレ。子どもに興味のない父親。俺はあいつの事を思い出さずにはいられなかった。

ああ、憎いな。
ルークがどんなに泣いた所で顔を見せにもきやしない。
ルーク。
こいつあの男に手を伸ばした事があったんだろうか。
じゃあ、傷ついたんだろ?
あの男がおまえの手になんか応えてくれるわけない。
ルーク。
おまえも俺とおんなじだな。



……くそ。


「ガイっ」
「ん」
「もっとあっちがみえるとこ、いきたい」
「うん」
「ガイ、てーつないで」
「…うん」


握った手のあたたかさが沁みるように思うのは、ルークのそれが伝わるからか、どうか。
俺はそれを確かめることを行わず、ただ手を引かれるままに、鳥を見送った。




end


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