ルクガイ

□氷の悪魔
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悪魔が住むと伝えられる雪山に一人迷い込んだ赤い髪の少年は、青い目の青年に助けられました。青年は道を教えますが、少年は身分の高い者らしく、当然という風に青年に案内を命じます。青年はその横暴さにまずは目を丸くしましたが、物珍しさが少し面白く、少年に従うことにしました。
少年は我儘でした。寒い靴が濡れた足が冷たいと、雪山に来るならば覚悟を決めていて当然のようなことにまで文句を言い、平気そうにしている青年につっかかります。じゃあ何で雪山なんかに来るんだと青年が問うと、少年は悪魔退治に来たのだと答えるので、青年は寒さ位克服してからにしろと笑いました。
山の入り口付近まで来ると、少年はくたくたになっていました。でも、吹雪を抜けて視界が開け、雪の積もった地面からちらちら土が覗くようになってくると、ああ助かったのだとほっとして何だか目元が熱くなる思いでした。青年の方は今頃になって少し疲れてきたようでした。少年は早く山を出たかったので、とにかく自分の屋敷まで行こうと青年に言います。それも楽しそうだなぁと青年は言います。そしてもうすぐという所で、少年の従者達が少年を探すために山に入ってきており、少年は無事に彼らと合流しました。少年は無事を確かめられた後熱い飲み物や毛布を次々差し出され、馬車へと案内されました。少年は青年にも飲み物等を渡すよう言うのですが、少年を含め誰一人、青年を見つけることができませんでした。少年はまさかはぐれてしまったのかと山へ戻ろうとしましたが、従者にどんな風貌だったかを聞かれ、金色の髪で背が高くて青い目をしていたと答えると、従者達はひっと息を飲むのです。それこそが悪魔だ、と。人間の姿をしていても、瞳の青は氷の青だ、その瞳に見つめられると氷付けになる、その口が歌えば吹雪が起きる、その腕が一振りされると風とともに雪崩が起きると、従者達は恐れ戦きました。
少年は信じられませんでした。従者は少年の無事を心底から喜び、悪魔は貴方の炎の髪や剣腕を恐れたのだと称えました。少年はそんな言葉も頭に入りませんでした。青年は凍らせたり吹雪かせたり雪崩を起こしたりしませんでした。楽しそうに笑って少年を山から出してくれただけでした。
悪魔じゃなかった。そう言ったけれど、騙されたのだの一点張り。人間ならば姿を消す理由がないと言われると反論できませんでした。違うのに、と少年は思いました。少年は帰途につく馬車の中で疲労から眠りこんでいましたが、絶対に青年にまた会って、何でいなくなったんだと問い詰めようと思いました。






雪山の奥深くに棲む悪魔はそれはそれは残酷で、昔々から人々を苦しめてきました。気紛れに冷たい風を村へ送り、畑の作物をまったくだめにして、村人は餓えと寒さから病に倒れてしまいます。人々は悪魔を退治しようと腕の立つ若者を集め山に送り出しましたが、若者達は皆氷付けにされてしまいました。
そして報復とばかりに山を崩し、村を雪で覆ってしまい……
(…なんかもー、全然ピンとこねーな)
屋敷に戻った少年は、改めて雪山の悪魔のことを調べてみました。記されているのは悪魔の非情な所業ばかり。
(やっぱり別人だろ。だって俺は悪魔退治にきたってはっきり言ったのに、氷付けにされてない)
それどころか笑ってた。そして山から出してくれた。命を救ってくれたんだ。
(何でいなくなったんだっつーの。しかも青い目してっから悪魔と間違われて。あれじゃ雪山で迷ったらあいつこそ助けてもらえねーんじゃねーの)
少年は青年のことを思い出していました。青年はとても気さくで、よく笑いました。
少年は身分の高い者でした。本人に自覚はありませんが我が儘な振る舞いが人を遠ざけてしまっていて、親しく話をしたのは青年が初めてでした。少年は青年にもう一度会いたいと思っていました。もちろん、何故自分に断りもなく姿を消したのか問い詰めるためでした。







少年は再び山を訪れました。従者たちは少年についてこようとしましたが、青年を悪魔だと決めてかかっていたため少年はそれを断固断りました。山の中腹まで来たけれど、青年は姿を現してはくれません。強くなってきた風が少年に雪を吹き付けます。細めた目で、少年は青年を探し続けました。
坊ちゃま、坊ちゃま、その者こそが悪魔なのです。悪魔だから寒さが平気なのです。山は縄張りだから下る道も熟知しているのです。貴方に危害を加える腹だったから、我々と遭遇し多勢に無勢と見たのです。だから貴方の前から姿を消したのです。
(俺に何かするつもりがあったなら、何で会ってすぐしなかったんだっつーの)
悪魔は気紛れなのです。もしくは貴方に取り入るつもりだったのかもしれません。
(てめーの話聞いてる方がよっぽど胸糞悪いっつーの。会っても見ても話してもいないくせに決めつけやがって)
坊ちゃま、悪魔とは、
(悪魔は)

「また来たのか、寒がりのお坊ちゃん」
笑顔で人を騙すのです。
「今度こそ悪魔を退治に来たのかい」

青年は以前と同じく吹雪の中から突然姿を現しました。少年は驚きましたが、青年を強く睨み付けました。青年は少しだけ眉を寄せた微笑みを浮かべて肩をすくめるような仕草をしました。少年は口を開きます。
「おまえ、何で俺と山を降りなかったんだよ」
青年は虚を突かれたような顔になりました。少年の言葉を理解していない様子の青年に少年はもう一度怒ります。
「何で勝手にいなくなったりしたんだよ。俺が屋敷に来いって言ったら来るんだよ!」
青年はもう少しだけ呆けた後、笑いだしました。以前会った時と同じ顔で。少年は何だかほっとしました。
「そりゃあ悪かったな」
青年はまだ笑いながら言いました。少年は再び青年に山を下る道を案内するように言いました。だけど青年は歩みだそうとはしません。少年は目的を果たした以上一刻も早く山を下りたかったので青年を急かしました。青年は思案顔になりましたが、もう一度少年に従ってくれました。
「じゃ、質問に答えろよ」
青年が自分の側へ近付いてきたので、少年は歩く道すがら青年に問うつもりで言いました。
「おまえ悪魔に間違われてるぞ。目が青いから」
「青い目は生まれつきだなぁ」
青年は答えました。
「おまえの髪は赤いな」
「これも生まれつきで…ってだから、質問に答えろっつーの」
「これが答えだ」
ぴたりと、青年は少年の剥き出しの頬にグローブを取った手を添えました。少年は、反射的に悲鳴を上げ青年を振り払いました。青年の手が氷のように冷たかったからです。今度は少年が放心する番でした。青年の、眉を寄せた悲しい微笑みが、やたら遠くにあるようでした。

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