ルクガイ

□その日から、部屋にはいつも赤い花
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「じゃあ、そろそろ港に行くな」
「ああ、気を付けてな」
大きな荷物を背負って、ルークは寝室の扉へ向かった。ドアノブに手をかけた所で、どさっと荷物が床に落ちる。
「やっぱもう一回!」
「はいはい」
駆け戻るルークに呆れてみせ、だけど笑みのままガイは両腕を広げる。ルークも満面の笑みで胸に飛び込み、口付けをする。まるで約束されたアンコール。そんな茶番に興じるのも、二人きりの時だけなので許してほしい。
「あー、ガイとしばらく会えねえなんて」
「もう何回も聞いた。たまの里帰りだ。のんびり楽しんで来いよ」
「ん。ガイー俺がいない間うわきすんなよ」
「はは、何の芝居の台詞だ」
「いーじゃん、ほら、ガイはなんか俺に言うことねーの」
からからと笑うルークを見ると、ガイはついつい両手を上げてしまう。赤い髪にふわりと手を乗せ、頭の形に沿って何度か撫でつける。
「浮気するなよ」
「ん!」
満足面したルークが今度こそ部屋を出ていこうと扉へ向かう。ガイは苦笑してその後ろ姿を見つめた。
ーーまあ、俺にそんなこと言う資格はないんだけど。
荷物を拾ったルークが振り返ったので、ガイはさっと口角を元の位置に戻した。
「どうした。いい加減に港に行けよ、船に乗り遅れるぞ」
「どういう意味だよ」
ガイは何のことか分からなかったが、ルークの固い表情を見て口許を押さえた。
「何がだ?」一応聞いた。
「今ぼそっと、資格がないとか言った」
「うわ、マジで口に出てたか? まあ言葉の綾みたいなもんだ、気にすんな」
緑の瞳にじっと見詰められてガイは困った。
「ルーク。船に間に合わないぞ」
「ガイ」
「許してくれよ。口が滑っただけだ。浮気なんかしてほしくない」
「しねーよ。俺ガイ以外考えられねえもん」
「…うん」
ガイはルークに近付いた。
「さあ、足を止めて悪かった。行ってこい」
「ガイ」
「文句は帰ったらいくらでも聞くさ」
「ガイ。おまえが俺の屋敷であんなことになったのは、おまえの意思じゃなかった。そうだろ」
ルークが核心を突いた。ガイは表情を変えず、曖昧に相槌を打った。抗議の声は扉を開けることで封じ、ガイは納得しないままのルークを強引に送り出した。戸惑うような緑の瞳に笑顔で手を振った。
きっとおまえは知らないだろう。俺がどんなに汚かったか。




(おまえの意思じゃなかったんだろ)
始まりは嫌がらせだった。
一介の使用人がファブレ家嫡男直近の護衛の任を賜ったことが、公爵家お抱えの軍の誇りに傷をつけたらしい。
真夜中というおかしな時間に白光騎士団の兵舎に呼びつけられ、案の定の仕打ちを受けた。
騎士の連中もこれでガイが屋敷から逃げ出しでもすれば嗤ってやろうという腹だったのかもしれない。だがガイはそうはしなかった。呼び出しにも応じ続けた。そうやって従っていればひとまず騎士団員らの不満の解消をすることができた。ルークの側仕えという重要な役を脅かす種を蒔かれる行為を防ぐことができたのだ。
それは勿論こちらの目的の為。復讐の為だ。
(俺は秤にかけた。矜持と目的を。そして自分の意思でぶら下がった。おまえの命をいつでも奪える位置にい続けるために)
(望んだことは一度だってない。だけど被害者面はできない。なかったことにもできないことだ)

だから時々。
時々、思う。
愛される資格のあるなしを。

(おまえだけを愛してるって言葉に信憑性を持たせられないのが、時々物悲しくなる)
(なんて今更、感傷だ。表に出すな。ルークに気を遣わせるな。意識してほしくもないくせに…)

思いに沈んでいたガイの耳に、足音が届く。ガイが聞き分けられる音だ。慌てた音。
ガイがばっと自室の扉に目をやったと同時にそれは勢いよく開かれ、音の主が飛び込んできた。その主は勿論赤い髪を携えている。ガイも慌てて、時計と彼とを交互に見てしまう。
「なっ…おま、ほんとに船! 乗り遅れるだろ!」
「分かってるよ! ちょっと届け物!」
「は…!?」
「ガイ! これ!」
肩で息をするルークがガイの眼前に届け物を差し出す。
それは一輪の赤い薔薇だった。
「これを、俺がいない間俺だと思って」
「っ」
またそんな芝居がかった台詞ーーーー
と思ったら、
「世話して!」
と言われて思わず「は?」と言ってしまった。
「知ってるから。ガイが俺のことめちゃくちゃ好きだって。でもガイは、引っ掛かることがあるんだろ。絶対気になんかしなくてもいいことなのに」
言い当てられている。ガイは返す言葉が用意できない。
ルークの真っ直ぐな緑の瞳がガイを射る。
ああ、この感じ、知っている。
「だったら、これで証明して。ガイは俺だけ見てるって。ちゃんと目に見える形で、俺にも自分にも証明して見せろよ! よそ見してる暇とかねーからな! ちゃんとやんなきゃ枯れるからな!」
そうまくしたてるルークは、もしかしたら子供みたいな言い方を無意識に選んでいるのだろうかと思う。
突拍子のなさも、芝居のような格好のつかなさも、すべてひっくるめて、いとおしい。
まるで自分の霧の晴らし方でも知っているみたいだとガイは苦笑する。いつもいつも、ルークはこうして、ルークだけができる方法で、自分を救ってくれるのだ。
「さすがに切り花を一週間そこら持たせるのは難しいな」
「う…やっぱそうか?」
「いや、でもやるよ」
ガイはルークの手から、薔薇を受け取った。大切に指を添えて、胸に抱く。
「さあ、本当にもう船が出るぞ」
「ガイ…」
「心配するな。分かったよ、ちゃんと待ってる」
ガイはルークにほほえみかける。花と共に受け取ったひかりをしっかりとおもてに滲ませて。
(おまえだけを愛して、)
「おまえの世話だけして、待ってるよ」






end


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