読み物
□コイワズライ
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触ろうとすれば
それはスルリと手を抜けて行き
いつも伸ばされた手は何も掴まなかった。
コイワズライ
(嫌われているのか…?)
なんて、嫌われるような道理こそあるが、好まれるような事はした覚えは全くない。
もとより、ふわふわと何を考えているか解らない人間の好みなど知る由もなく、ただ悪戯に、心に反する言葉が口を突いて出る。
好きだ
―嫌いだ
もっと側にいたい
―近づくな欝陶しい
それでも、嫌われているのかなんて思考が過ぎるのは、万丈目がどんなに突き放しても、十代はいつもと変わらず擦り寄って来たからだ。
「なあ万丈目」
理解は出来なかったが、どうしてかそれは魅力的だった。
好奇心を宿した眼差しに、くるくると変わる表情に、雰囲気に反してスッとか細い肢体に、独占欲にも似た感情に胸は占められ、と同時にそんな自分に嫌悪感も抱いていた。
つくづく相対する自身の心と行動に、思わず溜息が零れると、栗色の瞳は訝しげに万丈目を覗き込んだ。
「どうしたんだ?」
ほら
スッとお前は入り込む
何を言っても、どんな態度をとっても、変わらない十代の行動は、ともすれば好意を持たれているのかと錯覚すら覚える。
…いや、期待してしまうのだ。
「―…」
「熱でもあんのか?」
そうして伸ばしてしまった手を、十代は何でも無かったかのようにすりぬけて行く。
かと思えばまた寄ってくる、気まぐれな永久の波のように。
「―、触る、な…」
もっと触れたいのに
「んん、ホントにちょっと熱っぽくないか?」
「っだから触るな!」
もっと近づいて、抱きしめたいのに
額に触れられたところの、本当の熱さの理由なんて、お前は知りもしない癖に
「あのな、万丈目、風邪をひいたときは怒鳴るんじゃなくて大人しく休むもんだぜ。
大体、万丈目はもう少し誰かを頼ってもいいんじゃねえの?こう言うときぐらいさ」
「ならお前は頼れるのか?」
―ならお前は誰かを頼るのか
「へ?」
―それは自分なのか、それとも他の人間なのか
いつの間にか風邪をひいた事にされているのはどうでもよかった。
どうにかして十代を捕まえたかった。
心に浮かぶ疑問はいつも外に出るときには姿を変え、上手く伝えられた試しはなく、見当違いの答えしか返ってこなかった。
そんな十代にも、自分自身にも、万丈目はずっと歯痒かった。
「…重症かな」
「貴様が重症患者にしたんだろう、責任を取れ」
「え、あいやいや、さっきの無し!ていうか責任って何だよ」
「責任を持って治せと言う意味だ」
「何だよそれ…じゃあ、えーと、鮎川先生に薬を…」
ぐいっ
「…、薬は、お前が持っているだろう?」
「!?っ、ちょ、万丈目?」
不意に腕を掴み、十代を引き寄せれば、いつもの無邪気な顔はなく、驚いたような、困ったような表情を十代は見せる。
好きだ
なんて
言ったら十代はどんな表情をするのだろうか
どうせ嫌われるような事しかしていないのなら、そう言って困らせてやれば良い―…十代はまた擦り寄ってくるだろうか?
言えない
でも離したくない
嫌われて、一番困るのは自分だから。
だからずっと心を偽って側にいた。
だからずっと掴めずにいた。
だからずっと…
(今俺は何を掴んでいる?)
「万、丈…」
「…、冗談だ。薬はいらん。
風邪などひいておらんからな」
あぁ
また
そうか
掴みたいのに、掴めなかったのは、自分のせいだったのか
掴めば壊れてしまいそうな、この関係を守りたくて、知らず掴んでも離してしまっていた。
つかず離れずを繰り返し、焦燥していく心を自覚しながらも、万丈目は現状維持で精一杯だったのだ。
ぐいっ
「っ万丈目、あの…さ」
万丈目の離された手は、今度は十代の手によって引き留められた。
思いがけない十代の行動に、万丈目の胸は自然と高鳴るが、それを悟られないようにするので必死で、焦るように十代を睨んだ。
「…何だ?」
「……看病ぐらい俺にも出来るぞ」
「…。」
期待、してしまうと言うのに
「…その時は頼んでやる」
背中越しにそう言い捨てた万丈目は、十代の少し赤く、嬉しそうな顔には気がつかなかった。
(俺の方が重症なんだよな…)
伸ばされた手は、何も掴んではいない。
まだ、何も。
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