読み物
□わだかまり
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空は青。
雲はまばらに散らばってはいるが、一つもないより少しはあった方がどこか見慣れた空のイメージがあって落ち着く。
人と言うのは我儘なもので、この世に存在する全てのものは変わり行くと言うのに、前と同じ状態である事を望み、あわよくば押しつけ、安心する。
馬鹿な、一番変わったのは自分だと言うのに…。
朝から矛盾した思考にふけったところで、どういうわけか今日はすこぶる気分がよかった。
万丈目御用達の特別な紅茶の香りが、気分をリラックスさせた所為かもしれない。
人は成長する。故に変わって行く。
変わる事を恐れる事、それはつまり成長を放棄したも同じ事。
朝の続きを頭の中で巡らせていると、見慣れた栗色の二層に分かれた髪と常に好奇心を持った大きな瞳が視界に入って来た。それもかなり近くに。
「おっはよう万丈目!…さっきからどうしたんだ?全然食べてないじゃん」
十代が顔を覗きこんでいた。
そう言えばここは食堂だった。
と、気付いた時には自分の皿に乗っていたはずの焼き魚が姿を消していて、十代の口からは魚の尻尾らしきものがはみ出ている。それも直に見えなくなった。
十代の皿におかずでもあればこっちも奪ってやるのだが、用意周到な事で、十代の皿の上には米粒一つだってない。
「!貴様…!」
「ごちそうさまっ!」
もう食っちまった、と少しも悪びれていない笑顔を返されては、怒りを通り越して呆れてしまう。それに口論したところで魚は戻ってこない。
仕方がないので、今日は気分も良い事だし、魚の代わりに夕飯のエビフライを奪う事にした。
思えばこいつに出会ったからこそ自分は変わった。
いつの間にか止まっていた成長を、また動かしてくれた。
…だが感謝なんてしていない。
頼んだ覚えはない。この自分の変化が、成長が、本当に良かったとは思っていないからだ。
何故?
「…、万丈目?」
「…!」
手を伸ばしていた。
手は十代の顔を避け、十代の耳を覆う髪をなぞる。
不意に耳を触れられた十代の訝しげな反応に我を取り戻し、手を慌てて引っ込めた。
な、にを?
「万丈目?」
「っ、…うるさい!」
繰り返し十代の口から紡がれる己の名前に胸が高鳴る。
一体何なんだこれは。
ムッとする十代を尻目に、万丈目は席を立った。
「なんだよ、そこまで俺騒いでないぜ?」
「授業に遅刻するぞ」
あ、と思い出したように十代は食器を返しに行く。それに万丈目も続いた。
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