パラレル部屋

□今日から「マ」のつく仔猫日記
5ページ/46ページ

「めぎゃッ!!」

小さく悲鳴をあげ、浅い樹の窪みに身を必死で隠そうとしている怯え震える身体をそっと抱き上げる。
抱き上げた小さな身体は森の湿気を帯びた空気の所為か・・・艶やかなビロードのような毛並みはしっとりと濡れていた。


手のひらを通して感じる体温も冷ややかに感じる。
怯えたように自分を見上げてくる黒ビードロ玉のような丸い瞳も潤みを帯びているし、
愛らしいピンク色の鼻先も心なしかほんのり熱を帯びているようだ

「どうした?寒いのか?」
ならば・・・・

男は自分の身につけていたカーキ色の軍服の上着のボタンをいくつかすばやく外すと、小さな仔猫の身体を胸元に抱きこんだ。


「んめぇ〜〜!!!」
いきなり狭いところに押し込まれ驚いたように腕の中で暴れる漆黒の身体を両手で包むように抱きしめながら

「怖くない・・・大丈夫だから・・・・そんなに怖がらないで・・・・」
と男は優しく何度も何度も囁きかける。

「お前の身体が冷えてるから温めるだけだよ・・・・心配ないから・・・怖がらないで・・・・」

身体を丸めるように全身で抱きしめながら・・・男は仔猫に囁きかけ続ける・・・・。



初めこそ怯え身を震わせるように身体を捩じらせていた仔猫だが、やがて男が自分に危害を加えないとようやく気づいたのか・・・
幾分怯えを隠し切れないまま・・それでも男の温もりに包まれる心地よさに身を委ね始めた。

きょとん・・・

小さな頭を男の上着の胸元から覗かせて不思議そうに小首をかしげながら自分を抱く男の顔を見上げている。

その仕草があまりに愛らしく、男の頬は自然に綻んでいた。

「こんな暗い森の中で一人怖かったね・・・もう怖がることはない・・・・」

漆黒の短毛に包まれた心地よい手触りの毛並みを撫でてやる。
心地よさそうにされるがまま擦り寄っていた仔猫の瞳がはっとしたようにある一点で止まる。

その視線の先には男の手・・・についた擦り傷
さっき仔猫が引き起こした大風により吹き飛ばされた際に負った軽い擦過傷に気づいたのだ。

軽く皮膚が擦り剥け血が滲んだ手
それに加えて先ほど仔猫が暴れたときにその細く薄く鋭い爪先でつけられた小さな傷跡。

いくつかの真新しい傷が男の手に刻まれていた。

「めぇ・・・・」
仔猫の前足が触れ、上目遣いに男を仰ぎ見る。
その瞳は潤みを帯びていて、大きな深い後悔の念が見て取れる。

「あぁ・・・大丈夫だよ。痛くないし大したことないよ?こんなのは傷の内にも入らない」

「めぇ・・・め・・・・!」
男が仔猫を慰め手を引こうとした・・・それより素早く
仔猫がその傷にそっとピンク色の小さな舌を寄せた。

仔猫の舌が傷の上を数度蠢く。

「何?傷を直すつもりなのか?」
仔猫の舌のざらつきがくすぐったく、男は仔猫を驚かせないように手を引こうとして気づいた。

「こ・・・れは・・・・・」

気づくといつの間にか痛みがすっかり消えていたのだ。



然程痛みを感じていたわけではないが・・・それでも引き攣ったような軽い刺激のような痛みは確かにあった。
だが・・・仔猫が傷を何度か舐め上げると・・・傷ついた部分がほんのり温もりを帯びた
のを感じたかと思うと、軽くつれたように擦り剥けていた皮膚が元通りになっていたのだ。

「お・・・まえ・・・・・魔力を持っているというのか?」
それも癒しの術を・・・・?!


癒しの力を発揮できるのはごく限られた魔族だけのはず・・・
なのにこんな仔猫が何故?


男は驚きのあまり目を見張った。

とりあえず自分に満足のいく仕事が出来たのか・・・
仔猫は満足気に一つ「めぇ〜」と鳴くと丸い瞳を煌かせるように男を見上げた。

「優しい仔だな・・・お前は・・・・」
男は指先で仔猫の喉元を擽ってやると仔猫は気持ち良さそうに喉を鳴らす
その姿の愛らしさに男の頬は自然綻んでいた。


男の温もりに慣れたのか・・・ゴロゴロと喉を鳴らしながら自分の胸元で寛ぐ仔猫を見つめながら
いつの間にか冷え切っていた心が軽くなり温かさが満ちてくるのに気づく

こんな感情がまだ自分に残っていたのか・・・・?

仔猫の小さな頭を指の腹で撫でながら、自分の中に小さく生まれた不可思議な感情に男は戸惑いを覚えた。



2007/12/07〜2007/12/17
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ