書物

□"愛して下さい"
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多分。私は、この世に神により産み落とされて3年が経ている。父親が小さなケーキにろうそくを3つ指して、母親が髪飾りをプレゼントしてくれた。たくさん愛してる、と囁かれる。幸せな生活だった。今日までは。蒸し暑い昼下がり、暗い室内、目の前には笑顔の母親。頬にはリズムを刻む様に振動が走る。痛みは、はじめの10回だけ。後は、麻痺して痛みはない。こうなった理由は。私が父親のお嫁さんになりたい、と話したからだ。母親は急に豹変し。彼は渡さない、と呟きながら暴力を振るい始めた。
「ただいま、…っ!?、なにしてる止さないか、小枝子」
「離して、離してよ、この泥棒猫、渡さない、尚道さん〈たかみち〉はお前なんかに渡すもんか!!」
帰宅してきた父親が、慌てて母親の腕を掴む。やっと暴力が止まる。

---愛してる

愛は痛いもの。愛は相手を傷つける事。今も私の中、胸元にある愛は、所々凹んでいる。柔らかなアルミ缶の空き缶を、力一杯握りしめた後の様に。
父親は、隣の部屋へ母親を押し込むとタンスを移動し閉じ込める。私にのろのろと近づき、強く抱きしめる。
「ごめんよ、ごめんよ、こんなの愛じゃない。愛じゃないからな」
必死に抱きしめる父親に私は無言で抱きついた。父親だけが唯一の救いの神だったから。次の日からは父方の実家に移り住んだ。
「大丈夫。時々顔を見にくるから、じゃあ母さん頼むね」
「はい、はい、さっ、中へお上がり、スイカでも切ろうかね」
祖母に背を抱かれながら家の中に入る途中、振り返ると父親はこちらに一度も振り返らずに帰ってゆく。ああ、捨てられたんだ。これも"愛"なの?ぽつり、と呟くが、耳が悪い祖母には聞こえていなかった。
祖父は、すでに亡くなっていて、広い平谷式の家に祖母が一人で住んでいた。
田舎で買い物に行くのも自動車で片道30分くらいかかる。
でも、変わりに空気がおいしい、心洗われるなんて良く言うけど、洗われるよりも汚れて行く気がした。 暇過ぎで余計な事ばかり考える時間ばかりがあったから。
翌年に祖母が急病で亡くなり、祖母の遺言で僅かな遺産は全額私に来た。批判もあったけれど、遺言なら、っと皆が渋々了承した。その後で、都内の小学校に入学した。小学校は父親の弟夫婦の家でお世話になった。幸い優しい人達で、不自由なく、不快な思いもなく過ごした。中学になると、父親が都内に引っ越してきたので一緒に暮らした。お母さんは?と聞くと。心の病気で今は入院してる、でも、もう、逢ってはいけないよ。お前の為だから、それが私からの"愛"だよ。と頭を撫でて泣く、久しぶりに見た父親は知らない人間みたいだった。あんたは、今度はお母さんを捨ててきたの?頭に浮かんだ言葉をを小さく、うん、と頷くことでごまかした。
"愛"は肉親すら、愛しい人すら簡単に捨てれる。それを知って、私は初めて孤独になった。
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