書物

□桜並木〜I do not forget you〜〔HAPPYbirthday雪〕
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見慣れた桜並木道を、ギターを担いだ青年が走っていた。時折腕時計を気にしながら必死に走っている。桜並木道が開けた先にある建物が見えてくる頃、青年は足を止め、息の上がった呼吸を整えながら、桜並木道から少し奥まった場所のベンチを見つめる。ベンチには腰まで伸ばした長い髪を持ち、その色は、色素が薄い茶色で、光加減では桜色すら見える少女が野良猫とじゃれていた。青年は見とれそうになったが、建物からの鐘の音に慌てて建物に走って行く。
「太陽君、遅いわよ。」
建物の中に入ると消毒薬の匂いが鼻を刺す、そう、この建物は病院だ。そして病院に入るなりに声をかけてきたのは看護士の荒瀬さんだった。太陽は申し訳ない顔で数回謝る。
「すいません。」
ある病室に入ると、すでに飾り付けが終わっていた。
「あいつ何も言わなかったんすか?」
ここの病室の患者は太陽が知る限り病室を自ら離れる事はあっても、病室に寄るなと言われて、すんなり承諾するほど素直な性格はしていなかったはずだ。
「ゴキブリが出たから、殺虫剤するって言ったら逃げて行ったわ」
荒瀬は、その風景を思い出してか笑い出す。太陽も、想像が着いて笑う。窓からベンチを見ると、少女はくしゃみをしていた。
「さっ呼んで来てくれる?」
荒瀬が太陽の背中を押し、太陽は頷いて病室を出ていく。ベンチのそばまで行くと、少女は満開の桜の花のような笑顔を向ける。
「太陽、もぅ今日は遅いよ。あのね、私の病室が」
言いかけた少女に太陽が柔らかくキスをすると、少女は真っ赤になり俯く。おどおどする少女を連れて病室に向かう。病室の前で二回ノックてから中に入ると、クラッカーの音が響いた。
少女はビクッと身をすくませ、太陽にすがる。ゆっくり目を開けると、仲の良い患者や看護士が出迎えていた。
「太陽…。」
「ハッピーバースデー、雪。」
動揺する雪の肩に触れながら太陽が微笑むと、雪は泣き出した。
「誕生日プレゼント」
太陽から送られたのは小さなオルゴールだった。曲は雪が好きだと言ったカノン。しかし、所々がキーがずれており、雪が聞くと、手作りだという。
「太陽…絶対忘れない」
あの日あの時は不安はなかったんだ。
「来週、渡米か。」
太陽が切なげに言うと、雪は笑いながら、このキーが飛んでるオルゴールがあるから忘れたりしないよ、と言う。太陽は、キーが飛んでるは余計だと言いながら雪を抱き締めた。なぜか大丈夫だと思った、二人とも幸せだったから。


---1ヶ月後
「咲良さん?先生、咲良さん意識が戻りました。」
朦朧とする意識の中、雪は枕元で荒瀬が流していたオルゴールを聞いて何故か涙と、小さな声でごめんなさいと言う声が出た。

end.

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