書物

□"愛して下さい"
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授業開始の本鈴がなり各教室から開始の挨拶が聞こえる。自分が透明人間になった気がするこの瞬間が好きだ。缶ジュースを開けて数口飲む。典成はこちらを気にせずに煙草を吹かす。
「ねぇ仮にも教師が生徒のサボリを黙ってていいの」
典成は注意されたいか?と笑う。幸子は、別に、と言い横になる。どこかのクラスは今時限目、音楽らしい。暑い気温だった為空気の入れ替えで開けられた窓から歌声が外に漏れる。
「下手だな」
「下手ね」
同時に言った為ハモり、二人して笑う。
「あっ綿雲」
幸子が言い、典成が空を見上げる。
美味しそう、と笑う幸子に典成はつられて笑う。
「飯は?」
今は6時限目、昼を食べたにしては食い意地の張った話だ。それとも今時の女子高生なら当たり前なのか?疑問を含みながら聞く。食欲ないから食べてない。幸子からの言葉に飴を渡す。何?疑問符を浮かべる幸子に、糖分取れ、と言う。ジュース飲んでるのに?聞き返す幸子に、良いから、だけを伝える。
「まずっ」
「そうか?抹茶カフェオレのシナモン風味キャンディはうまいぞ?」
味覚音痴、ぼそっと幸子が言うと。お子ちゃまには、この旨さが分からないか。典成はため息を吐く。
やっぱり気に入らない。寝返りを打ち幸子は背を向ける。サラサラと肩から落ちた髪のせいで見えた首筋をみて典成が微かに色気を見た。しかし、その色気は嫉妬に変わる。首筋に数ヶ所、赤い痣。それが何か、なんて聞かなくても分かる。
「愛が分からないなんて言いながら色々知ってるみたいじゃないか」
何?振り返る幸子に、典成は自分の首を指差した。しばらく考えて幸子は赤くなり首もとを隠し無言で屋上から去って行く。勢い良く立ち上がった為缶ジュースが倒れジュースが零れる。あぁ、君は桃味が好きなんだ。チラッと脳裏をよぎる中、煙草を一吹して消した。
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