書物
□文詠
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=プロローグ=
---シャランッ…
粉雪が降る中、鈴の音が響いて来る。
その鈴の音に釣られ森林の中を歩いて行くとしばらくして開けた場所が出てくる。
その開けた場所は小さな湖(みずうみ)と湖のほとりに神社が建っていた。
---シャランッ…
鈴の音は、湖の上に作られた赤を貴重にした特設舞台の上からしていた。
舞台の上には古典楽器を奏でる演奏者と、白色や淡い色を使った十二単のような着物を纏(まと)った幼い少女がいた。
幼い少女は、鈴の付いた独特な形の扇子と白い通常の形の扇子を使いながら可憐に、まるで雪の結晶のように舞っていた。
しばらくすると少女は恋の短歌を歌い出す。
切なげに一言一言綴り上げていく。
歌い終わると、舞台上にある松明(たいまつ)に近付いて白い扇子に火を灯し、湖に投げ込む。
「懐かしいな…」
参拝客の一人がため息混じりに呟いた。
この地方で毎年行われる行事だ。
昔、この湖のほとりにあった屋敷に住んでいた少女が扇子に恋文を書き、その扇子を抱いて身投げをした。
しかし、ここの地方の紙は特有の油を含んでいた為に、扇子だけが浮上した。
翌朝にそれを見つけた、神社の宮司(ぐんじ)が少女の想いを神に届けるように恋文に火を灯し天に送った。
今でもその話は語り継がれ、身投げはなくなったが、今では民芸品になってしまった、油扇子(ゆせんす)に恋文を書いて湖に投げ込むと行為だけが残った。
そして、その恋文に火を灯し天に返す行事も残った。
毎年、少女の命日に行われる行事の名は…『文詠』
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