書物

□文詠
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===2019年12月===


---ガタンゴトンッガタンゴトンッ…

電車で揺られながら数時間。ビルや民家の並ぶ街中の風景が、木々の生い茂る山の風景に変わる。電車は普段あまり使われていなさそうな無人駅に止まり、一人の男が降りる。降りてすぐに吐いた息が白く存在を見せる。見上げた空は重く黒い雲が敷き詰められていた、雪でも降りそうだ。駅から実家までは徒歩で約45分程度。本来の通常交通方法はバスだが、一時間に一本と少ない上に、先程駅を出たらしく、次の駅着は一時間後だった為歩く事にした。正直な話、自宅までの道を忘れているのではないかと心配したが、生まれ育った村だからだろうか、迷わずに歩けていて自分でも驚いた。この田舎道を歩くのは三年ぶりだろうか。しばらく来ないうちに田んぼや畑ばかりの田舎道は舗装されていた。
上京してからは仕事に慣れずなかなか帰省(きせい)できなかったが、やっと落ち着き、長めの連休が取れた事と母親の体調が悪く寝込んでいると言う話を聞いた事が重なり里帰りを決めた。
「やべっ降り出した」
やっと住宅の集まった場所が見えてくる場所まで歩けて来ると粉雪が降り始めた。
早足で歩いて自宅に向かい、玄関に近くと、家は真っ暗だった。鍵をさがしていると遠くから風に乗り鈴の音が聞こえて来る。
「ああ、今日は"文詠祭"か…」
親の不在理由に気づくと、鍵をしまい込み、歩先を山道に向け歩き出した。
しばらく鈴の音に引かれて歩き続けると開けた場所が出てくる。その場所には小さな湖があり、その湖には赤を貴重にした舞台があり、その上には古典楽器を演奏する演奏者と白色や淡い色の十二単に似た着物を着た幼い少女が鈴の付いた独特な扇子と白い通常の扇子を器用に扱って、まるで粉雪の一つの結晶ように舞う。
「懐かしいな…」
少女は舞台上に立ている松明(たいまつ)に近付いて白い扇子に火を着け湖に投げ込む。そして、再び、別の白い扇子を受け取り、舞いながら恋短歌を歌い出す。
「諭(さとる)?」
懐かしい声に振り返ると、一人の男が驚いた顔をして立っていた。
「よう、優也(ゆうや)、久しぶりだな」
優也は、諭を見つめ、ぽかんっとした顔をしていた。
「お前の親父さんから、お前が帰省するって聞いた時は、絶対来ないって笑ったのに…」
諭は呆れながら、たまには帰って来るさってと笑う。
「あれれ?さとっちゃん?!」
数メートル前から、また懐かしい声が聞こえて着た。
「維代(いよ)、いい加減その呼び方止めろよ」
維代は、仕方ないよっと笑いながら、近付いて来る。
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