書物

□文詠
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雪はシンシン静かに降り続ける中、鈴の音が同じくらい静かに辺りに響いていた。
「もうあれから十年かぁ」
維代がしみじみ呟くと、諭が嫌な顔をする。
「十年前の"文詠御子(ふみよみこ)"は素敵だったよね」
扇子を扱って恋文を謡い、着物を着て舞う子供を"文詠御子"と呼ぶ。代々"文詠御子"はその年に十二歳を迎える子供の中で一番始めに生まれた子供が務めた。そして、十二歳を迎える子供がいない年は、前年者が務めていた。かすかに雪の積もった湖に沿った山道を舞台に向かいながら歩いていると、数人の知り合いに会い、挨拶を交わす。
「諭の御子は確かに笑えた」
優也がニヤニヤと思い出したのか小さな笑いをする。
「はいはい、歴代初、舞台上で転んで湖に落ちたのは俺だよ」
諭は、自虐を込めてため息混じりにそっぽを向きながら自白する。
舞台上の文詠御子は最後の扇子を湖に投げ込み、終演の舞いを舞い、三つ指を付いて礼をする。
「わぁぁあ!!」
参拝客達は大きな歓声を上げる。遅れながら諭と維代と優也が拍手を送る。ゆっくりと文詠御子が小船で諭達の近くの岸に戻って来る。
「維代姉様、どうでしたか?私、文詠御子ちゃん出来てました?」
どうやら維代の知り合いらしく、小走りで近くまで寄って来た。
「感想は先輩御子に聞いてみたら?」
維代は、諭を指差して話す。文詠御子をしていた少女は恭しく文詠御子の独特な礼をする。
「先代御子様のご感想をいただけませんでしょうか?」
諭は、悪くはないよっとだけ伝える。
『雪が本降りになって参りましたので"文詠"を閉式したいと思います。お気をつけてご帰宅ください。なお役員は…』
祭りに不似合いな放送が流れ、神社で飼われている犬達が犬の遠吠えと間違って返事をする。
確かに、粉雪の小さな粒は、大きな塊になり、肩に降り積もっていた。雪を払った手や指が赤くなる。東京では感じれない冷たさに、帰って来たことを実感する。
「そういえば、十一年前の"文詠祭"もこんな雪だったよね」
気が付くと、維代が傘を掛けてくれていた。十一年前と言う言葉に、諭の顔が曇り、それをみた維代が失言に気付いて、すかさず謝る。
「あいつがいなくなって十一年かぁ…」
諭が雪雲の敷き詰まる空に囁きかけるように言う。その瞬間に維代、優也の脳裏にも諭の脳裏と同じ人物が浮かび上がっていた。
ふとっ維代も優也も、諭と同様に雪雲空を仰ぐ。この風景と同じ風景を十一年前にもこの場所で見たことがあった。まだ、もう一人の仲間がいたあの頃。





2019年12月end...
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