書物

□文詠
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===2007年夏==


朝早くから蝉が五月蝿く鳴いて夏だと告げる。こんな夏の日は学校に行くのも嫌で休みたくなる。それに、強制的に伸ばすように言われた髪が首に張り付いて邪魔になりはじめ、嫌いな夏を更に嫌いになる。仕方なく扇風機の送風で汗を乾かしながら髪を梳く。時計を見ると、そろそろかと、とある日課を思い出す。
「美乃里(みのり)遅刻するぞ!!!」
蝉さえも黙るであろう大きな声で山寄りの隣の家からその家の者を呼ぶ少年の声がする。
「もう、静かにしてよ、諭」
美乃里は窓から乗り出して諭を注意すると、長い髪をポニーテールにしてリボンを結ぶ。
「美乃里、今日は稽古の日だから遅れないようにね、迎えには行くから」
玄関先で母親が話し、美乃里はランドセルを背負いながら頷く。
「美乃里ちゃんおはよう」
「…はよ」
美乃里が家から出ると、ショートカットの少女と、男にしては長めの髪を持つ少年が立っていた。
「おはよう、維代ちゃん、優也くん」
宿題の内容を話していると、諭が転がり出すように家から出て来る。
「諭、遅刻するわよ?」
美乃里が諭の真似をして言いながら笑う。維代と優也は相変わらず仲がいいなっと笑いながら歩き出す。
家から学校までは徒歩約20分程。仲の良い四人組は毎日一緒に登校していた。舗装されていない田舎道を歩いていると、農家の人間が軽トラックで通りかかると、乗せると言い、荷台に乗り登校するのも多々あった。
「今日も稽古?」
維代が美乃里に聞くと、うん、と頷く。
「恋文の和歌訳は昨日終わったから、今日から本格的に稽古」
文詠御子は夏から湖のふもとにある神社に通い文詠御子の舞いの稽古を受ける。稽古の一つに湖に投げ込まれた扇子の恋文を和歌風に訳す作業がある。しかし、実際に、小学生がそんな訳しなど、できるわけもなく、その為、訳しを仕事とする者が付き添い、一緒に訳す。訳す作業が終わると扇子を使い舞いの練習が始まる。
「だから今日からは峰史(みねふみ)兄さんと帰るね」
神社の宮司の息子である峰史が迎えにきて一緒に帰宅すると言うと、数歩前を歩いていた維代と優也は振り返って分かったと言い。更に前を歩いている諭は、あっそう、と素っ気なく振り返らずに言う。維代と優也は、やれやれと呆れ顔で見つめる。
「お前ら、早くしないと正門閉めるぞ!!」
教師が叫び、四人は慌てて学校に向かい走り出す。
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