書物

□-貫-
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付き合う約束をしたわけではない。
他人が見たら騙されてると言うだろう。
でも、後悔はなかった。
"愛してる"と呟きながら絡みつく腕や、吐息が心地よかったから。
「これ、合い鍵、明日はウチで作って欲しいから」
余韻の残る体には、合い鍵の冷たさがリアルな約束を刻むように感じた。
「良いの?知らない日本人を部屋に上げたりして」
先程のカレンの言葉を真似して言うと、カレンは、キョトンとしてから笑う。
「大丈夫。瑛子は、正直だから」
首を傾げる瑛子の首に顔を埋める。
翌日、翌々日と会議や残業で電話だけの日々が続いた。
『ごめんなさい、今日は、実家の母親が来てるの』
『(ママ?)じゃあ仕方ないね。今日撮って写真またメールするから気に入ったの教えて』
カレンの寂しそうな声は、冬場の夜空みたいに冷たく暗く胸に孤独感を見せる。
『明日は逢えるから』
気休め程度の言葉に、カレンは、大丈夫だと笑う。
母親と買い物や食事をした。
久しぶりに会う母親といる時間は幸せで満ち足りていた。
ふと、カレンはどうしているだろうかと思った。
時計は21時、もう仕事も終わっているだろうか。
「寂しくない?一人暮らし」
母親が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫よ」
言いながら驚いた。
寂しくないわけないのに、寂しくないと答えた自分に。
自分が寂しく感じるなら、カレンも同じく感じるかもしれないのに。
「瑛子?」
母親が心配そうに覗き込む。
「お母さん、ごめんね。今夜は、やっぱりホテル取って」
コートを抱えて立ち上がった娘に、母親は、わかったと手を振る。
走り去る娘の背に、幸せになりなさいっと手を振り見送る。
カレンから受け取った住所に向かうと、管理人だと想われる老人から手紙を受け取る。
エレベーターを上りながら封筒を開けると、自分の寝顔の写真とチケットが入っていた。
12階、最上階だ。
1211号室、一番端から二番目の部屋。
合い鍵を差し込んで、扉を開けると物気の空だった。
ふと、携帯電話の光に気付いて開くと留守番電話の受信があった。
「あぁ、昨日引っ越しの支度してたから」
隣の部屋の人間が、空の部屋を覗き見て呟いて去って行く。
涙が止まらない。
しばらく泣き崩れ、見た手元のチケット。
フライト時間までまだ時間があると知り、空港に向かう。
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