緋月宮の女官〜春告げ鳥の唄〜
□第四章
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扉を開けると、杏茲がぱっと嬉しそうに振り返った。
陶嘉はそれを見て、自分の心が和み、綻んでゆくのを感じていた。
今日も夜遅くまで、待っていてくれたのだわ。
「お帰りなさい、陶嘉様」
「ただいま、杏茲」
二人はお互いに微笑み合う。
安茲が水瓶から汲んだばかりの水を水差しに満たし、それを杯に注いでくれた。
陶嘉はそれを、音を鳴らしながら一気に喉へと注ぎこんだ。
身体が生き返るような、そんな気がする。
そうだ、いつまでも隠していないで、今言ってしまおう。
今ならば、この前の様に自分が激してしまったりしないだろう。
「あのね、杏茲」
「陶嘉様、今日柑橘を頂いたんですよ。見て下さい、こんなに」
杏茲が柑橘の実を抱えて持ってきた。
「あのね、杏茲。私、終日の宴で大陽創神様にお会いしたの」
「えっ、そんな事一言も……」
杏茲は一瞬不思議そうにした後、急に顔をぱあっと輝かせた。
「だ、大陽創神様にお会いしたんですか?凄い!どんな御方でしたか?」
一刻でも早くその様子を聞きたそうだが……今、言ってしまおう。
「私、その方に求婚されたの」
杏茲の腕から、大量の柑橘がばらばらと零れ落ちた。
橙の柑橘の実は、ころころと音を立てて床を転がってゆく。