桐壷
□第一章
4ページ/16ページ
場所は、桐壺。
帝は、すぐにでも夜のお召しで桐壺更衣を清涼殿に呼び出す事も考えたが、それより先に、相手の事を知りたいと思った。
その日の夜、帝は御殿には誰も呼び出さず、人目を忍び単身で桐壺へと赴いた。
すると。
心にしみわたる様な、優しく、しかしどこか哀愁を帯びた音色が聞こえる。
あの音は…?
艶やかで柔らかな、優しい箏(そう)の琴の音が、彼の心を魅了した。
聴けば聴く程、しみじみと心を打つ豊かな音色である。
帝は闇の中、しばらく柱に寄りかかって琴の音を楽しんでいたが、桐壺の姿を一目見てみたくて、御簾(みす)の外から内を覗いて見た。
室内には何人かの女房が居て、しみじみと琴の奏でる曲に耳を傾けている。
問題の、琴を弾いている女性は、うつむきがちに弦を爪弾いているので、顔を拝む事は出来ない。
帝は残念で仕方が無かったが、その女君のつやつやと輝く髪の毛の豊かさ、琴を爪弾いている指の白さ、細さに自然と目が行くのだった。
耳は琴の音を、目は女君の姿を追う。
かつて、この帝がこんな風に必死になって女性に心惹かれる事があっただろうか。
強引に、彼女を手に入れてしまう事は出来る。
だが、何故かそれをしてしまったら、何かが壊れてしまう様な気がした。
あんなに白く華奢な体つきで、あんなに柔らかで優しい音色を奏でる人を、無理矢理に奪ってしまっては、いけない様な気がしたのだ。
帝は唇に匂いやかな微笑を浮かべると、階(はし)を下りて、桐壺の周りの庭を一人散策した。
そして、ふと気がついて、ある事をしたのだった。
.