緋月宮の女官〜春告げ鳥の唄〜

□第三章
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「兄上、一体どういうおつもりか」

朧朏(ろうひ)がそう口にすると、濡れ烏の様な長い髪が、さらさらと音を立てて滑り落ちていく。

それを目にした者なら誰でも目を留められずにはいられないだろうに、曦曄(ぎよう)はことも無げに妹を眺めた。

この兄妹は、そんな事を気にすることは決してない。
美しいお互いの容姿は、幼少の頃から見飽きているのだ。

「どういうつもりとは、どういう事だ」

朧朏の問うていることの内容は分かっていた。
だが敢えてこういった答えを返す。

じっと、憂いを含んだ射干玉(ぬばたま)の瞳が兄の瞳を見つめる。

「……唇に……」

朧朏が細長い指先を自分の薄い唇に運ぶと、曦曄は、はっとして口元に手をやった。

すっきりとした曦曄の食指には、麗しい紅が付着していた。
彼は、その赤い紅を見て、陶嘉の甘やかな唇を思い出していた。
おそらく初めての口付けだったのだろう。

娘の手応えは初心(うぶ)で、曦曄はその反応に初々しさを覚えていた。

久々に体の中を甘い陶酔が満たしている。
まだその余韻から、彼は醒めていなかった。

いや、その余韻に浸る事を楽しんでいた。

あの初々しい、小鹿のような乙女を狩る事を楽しんでいた。
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