クモたち+α
□幼少暗黒
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話をしたあと、名無しさんは床にゆっくりと倒れこんだ。
俺たちは名無しさんを部屋に運んで濡れたタオルで丁寧に血を落としてやった。
「女の子は繊細だから、扱いが難しいね…」
さすがに服まで変えてやることはできないから、仕方ないけど服は赤くなったままだ。そういえば名無しさんは何色の服を、どんな柄の服を着ていたんだっけと思う。
「こいつは特別だろ。俺が思うに、本当に幸せなやつのが珍しいんじゃないか?」
「うん……。そうかもしれない」
「ま、どっちでもいいけどな」
「……ん……」
寝返りをうつ名無しさんの手がソファーに座ってる俺たちに伸びた。弱々しい手はなんだか涙を誘っているようにも見えて、俺は「握ってやれ」というフランクリンの横から立ち上がった。
「……」
「ん、ん……」
「どうしたの……?」
握り返した俺の手をグッと自分のところに引く名無しさん。俺は必死で体制を保った。
「ん…」
「分からないよ」
「んー…」
名無しさんの小さな手を両手で包み込むように握ってやった。そこには体温なんていう温かいものはなかった。
名無しさんは安心したのか俺たちのほうに顔を向けて、穏やかな表情をした。
「フランクリン…名無しさん何て言ってるの?」
「知るか。適当に会話してやれ」
「えー。適当に、って……」
「んー!」
「『口答えしないでシャル』だとよ」
「ちがっ…『適当なこと言わないでフランクリン』だよ」
本当は分かってた。
名無しさんが言いたいこと。名無しさんは「寂しい」「苦しい」「愛して」って言ってる。
名無しさんが俺の手を握る力が完全に弱くなったあと、俺らは名無しさんの寝顔をイヤというほど見届けて、広間に戻った。
次の日名無しさんはあまり元気がなかったけど、俺たちに「ありがとう」と言った。そして「温かかった」と。
どうか名無しさんには、今だけを見てほしいと思った。
強く強く、そう思った。
(あの時握った手は、今でも温かいのだろうか。)