短編
□歩いてかえろう
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最近元気がないのは知っていた。
でも本人が何も話そうとせず、平静を装うからわざわざ聞くこともしないし、気付かないフリをした。
「銀ちゃん、夢子遅くないアルカ?」
神楽がそう呟いたのは時計の針が7時を回った頃だった。
夢子のバイトはいつも5時に終わる。
忙しい時には6時を過ぎることもあるが、7時になっても帰らないことは初めてだ。
「もう暗くなってきましたし、心配ですね」
新八が晩飯を作り終えたようだ。
別に俺も心配してなかったわけではない。
6時をすぎる前から何十回と時計をみている。
ただ、夢子も子どもじゃないのだからと、自分に言い聞かせてきた。
「ちょっくら、迎えに行ってくるわ」
読んでいたジャンプ(と言っても時計が気になって内容なんか頭に入ってこなかったが)をソファーに置いて立ち上がる。
原付で迎えに行こうとメットを手に取るが、何となくやめた。
それを見ていた新八が不思議そうに呟く。
「歩いていくんですか?」
「あぁ」
軽く返事をして家を出た。
夢子のバイト先までの道を歩いていると橋にさしかかった。
ふと橋の下の河原を見ると、そこには今から迎えに行こうとしていた夢子の姿。
座り込んで、ただぼんやりと川を眺めている。
「ったく、何やってんだか」
橋を渡って河原へ降りると、何も言わずに隣に座った。
「ぎ、銀ちゃん!」
「おぅ」
かなり驚いたのだろう。
夢子が声を上げる。
「どうしたの?!」
「そりゃこっちの台詞だ。なかなか夢子が帰って来ないから心配したんですけど」
「あ…ごめん」
「別にいいけどよー」
そのまま夢子は何も言わなくなった。
俺も何も言わずにいると、そこには川の流れる音だけが響く。
「…銀ちゃんはなにも聞かないね」
「聞いても言わねぇだろ、お前」
「………」
「どうせ適当な理由つけてごまかすんだろ」
それで心配かけねぇように無理やり笑うんだろ
そう続ければ、夢子は力なく笑った。
「すごい。銀ちゃんには嘘つけないね」
「当たり前だ。何年お前とつきあってると思ってんの」
そだね、そう呟くと夢子はまた目の前の川を見つめた。
「銀ちゃん」
「あー?」
「あたし、銀ちゃんがいてくれて良かった」
「なんだよ、急に」
「銀ちゃん大好き」
「なに可愛いこと言ってくれちゃってんの」
へへっと笑う夢子を引き寄せると、付き合ってもう何度目か分からないキスをした。
「帰るか」
「うん」
手をつないで河原を上がれば、辺りはすっかり暗くなっていた。
「あれ、銀ちゃん何で来たの?」
「歩いて」
「珍しいね」
「まぁたまにはな」
特に何を話すわけでもなく、ゆっくりと家への道を歩く。
ぎゅっと繋いだ左手が堪らなく愛しく感じるんだ。
歩いてかえろう
(たまには歩きも悪くねぇだろ)
(銀ちゃん、ありがとう)