短編
□世の中そんなに甘くない
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昨日は長谷川さんと飲みに行って、朝帰り。
どうせ依頼もねぇからと、今日は昼まで寝るつもりだったのに。
人が気持ちよく寝ているところをバカ女が妨害しにやってきた。
「銀時、地球には変わったイベントがあるのじゃな」
「重い」
「何やら町中の女がいつもよりふわふわしとるぞ」
「さっさとそこのけ…!」
「しかも甘い匂いがいっぱいじゃ!」
「人の話きけー!」
寝ていた俺の上にどんと乗っかり平気で話始める夢子は、最近地球に来た天人で気づけば万事屋に住み込んでいた。
とっとと退け、と体を起こして振り払えば、夢子はどてっと畳の上に転がった。
「もう起きるのか?」
「人のこと起こしといてよく言うぜ」
「そうか、それはすまなかった。だが、今日も明日も暇じゃろ?いつでも寝れるぞ」
「それ謝ってんの?けなしてんの?それとも慰めてんの?」
「のぅ銀時。私は気になって仕方ないのじゃ!ばれんたいんとは、どういうものなのじゃ?」
「あ?どういうっつっても…女が好きな男にチョコを渡す日だ」
「好きな男にチョコ?なぜじゃ?」
「なぜって…」
なぜって聞かれても、そんなん知らねぇよ。
そういうイベントは理由なんかより、わいわいしてんのが楽しいんだろ。
つーか、こいつ天人のくせに地球のイベント乗っかる気か?
…いやいやいや待て。
もしかして俺にチョコを!?
「まぁ…なんつーか、糖分が大好きな人に、大量のチョコを送って、自分の気持ちを伝えるんだ」
「ふーん、地球人は変わってるんじゃな。自分の気持ちなど、すぐその場で伝えたらいいものを…」
「まぁ、恋する女子の祭りみたいなもんだな」
「…よし、銀時。小遣いをくれ」
「は?」
さも当たり前のように両手を差し出す夢子。
「チョコを買いに行ってくる」
「自分の金で行ってこいバカ」
「金など持っていないことは、銀時が百も承知じゃろうて」
キラキラと目を輝かせる夢子に何となく断りづらく、仕方なく500円玉を1枚渡した。
なんでプレゼントされるチョコ代を自分が出さなきゃいけねぇんだ、とぶつぶつ文句を言っているのをよそに夢子は外へと飛び出していった。
しばらくして帰ってきた夢子の手に握られていたのは、何の可愛げもないただの板チョコ5枚。
「お前、もっと可愛げあるもん買ってこいよ」
「何を言っておる、シンプルなものが一番美味いに決まっているじゃないか」
それにこれが1番安かった、とどこか誇らしげに語る。
確かに板チョコは1枚100円しねぇが…
「バレンタインに板チョコ渡すなんて、聞いたことねぇよ」
「でも私が食べる分には問題なかろう?」
「…え?」
ニコニコと板チョコの封を開け、美味そうにかぶりつく夢子。
「ちょっとちょっと夢子ちゃん。それ俺に渡す分じゃないの?」
「銀時に?なぜじゃ?」
「なぜって…あれ、俺バレンタインの説明したよね?」
「私は別に銀時に伝える気持ちなどないぞ?それよりやはり板チョコは美味いな!」
パリパリと板チョコを美味そうに食べる夢子。
あの板チョコのように、俺の心も砕けたようです。
世の中そんなに甘くない
(あ、銀時!)
(…んだよ)
(小遣いありがとう。ほら、チョコも1枚やろう)
(ちがう!何かがちがう!)