短編

□隣で笑って
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気がつけば目の前に紅が広がっていた。

それと同時に、今まで生きていた"誰か"が崩れ落ちる。

目が離せず前だけを見つめていると、そこには刀を持った"誰か"。

刀には先ほど斬った時についた紅い血。

綺麗なまでに紅に染まったその刀が向かったのは紛れもなく"私"


なぜ殺されるの?
ここはどこ?

あれ
私だれだっけ?


だけど向かってくる刀に"私"はとっさによけた

ただ無意識に

生きるために

頭によぎったのは「怖い」という感情だけ。
その感情が何も分からない状態の"私"を動かしたのだ。

走って走って走って


いやだ
死にたくない


そう思った瞬間、足が絡まって地面へと倒れた。


せまってくる刀。
怖いのに男の不気味に笑った顔から目が離せない。

刀が振り上げられ、もうだめだと目を瞑った瞬間、誰かに肩を思いっきり掴まれた。



「おいっ!」


「いやっ!」


力いっぱい振りほどこうともがいた手が、パシッと相手の頬を叩いた。



殺される



「おい、しっかりしろ!目ぇ覚ませ!」


「やっ!お願い、殺さないで!いやっ!」


「夢子!」


突然呼ばれた名前に目を開けると、そこには必死で私に呼びかける銀時の姿があった。


「ぎ…ん…とき…」


夢か…
見慣れた銀色の髪を見て、安堵感に包まれる。
けれどその気持ちとは正反対に体の震えと涙が止まらない。



「夢子」



私を包み込むようにゆっくり伸びてきた手に、何もないと分かっていても、体が強張った。


それを見逃すはずもなく、包み込もうとした手は、軽く頭にのせられた。


「んな、びびんな。お前が怖がることなんかしねぇよ。」


ポンポンと子どもをあやすような仕草に、ふと顔を上げると、目に止まったのは赤く腫れた左頬。



「わ…私、ごめ…なさい」





気がつけば、血の海にいたのだ。
それ以前の記憶はない。
自分が誰で、どうしてその場所にいるのか、どうして殺されなければいけないのか、何もわからない。
ただ怖くて逃げていた。





その時に助けてくれたのが銀時だった。
そのあとも何も分からない私に手をさしのべてくれた。



なのに…
たたいてしまった
怖いと思ってしまった



記憶のない私が誰よりも、信じている人なのに。
この人を失えば、私は本当にからっぽになってしまうのに。


「ごめんなさい…っ」


未だ震える手で、銀時の赤くなった頬をなでる。



「ったく」


呆れたような顔でため息をついたかと思えば、ぐっと手をひかれ、気付けば抱きしめられていた。


「震えてるくせに人の心配してる場合かよ。夢子の弱っちぃ力で叩かれたって、銀さんなんともありませーん。」


「でもっ…」


「いいんだよ。怖けりゃ、殴ったって、びくついたってかまわねぇ。お前拾ったあん時から、全部を背負ってく覚悟は出来てんだ。夢子が苦しんでんなら、俺がそっから引っ張り上げてやるよ。だから心配すんな。お前は今のお前のまま、銀さんの隣で笑ってろ。」



「…うん」


銀時の声、匂い、心音、全てに包まれて、気付けば震えはとまっていた。


そうだ
あの時も、今も、いつだって暗闇で泣き崩れている私を助けてくれたのは、銀時だ。


「ありがとう」


小さく呟いた声に、銀時は特に返事をすることもなく、抱きしめる腕に力をこめた。




隣で笑って
(もう少しこのままでいさせて)

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