ひと味

□落としてくれる?
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楽器を弾く部活ではよくあることだが、マンツーマンで後輩に教える。いすずの部では、小さめの部屋をいくつも借りて、そうしていた。
お喋り好きな後輩もいれば、練習中は雑談をせずに真面目にする後輩もいるし、普段から寡黙な後輩もいる。
今、いすずが教えている後輩は、坂下源太、お喋り好きな方だ。片付けながらでも喋る。確かに、お喋り好きが相手だと気を使わなくて良いから楽ではある。

「そっか、あの子らが付き合ってるって分かったんだねぇ」

「俺以外にも知ってる人いますよ」

源太は笑った。

「うわ、バレバレ!?」

「なんか、空気で分かっちゃいました。まだ気づいてない人もいますけど」

楽器を拭きながら、思い出したように源太は続けた。

「そういえば、いすず先輩は、彼氏いるんですか?」

いすずは口と鼻から思わず空気を出してしまった。吹き出した、という状態だろうか。

「何すか、先輩」
と、笑われる。

「いや、そんなん聞かれたことないから。ってか、いないしいないし」

「好きな人は?」

「あー…それもいない。っていうか、しばらく恋してない」

答えながら、虚しい気がしてきた。

「へー…」

いつのまにか近づいていた整った顔が、目の前でにっこりと笑った。

「じゃ、俺とかどうですか?」

「…はい?」

「俺、いすず先輩が好きなんで、是非お付き合いしてください」

「…冗談いいから、早く片付けなよ」

思わず源太の視線から逃れ、顔を真っ赤にさせる。

「冗談じゃないのに」

すねたような顔で、身を乗り出してまたいすずの顔に近づく。
つい、そのきれいな顔に見とれてしまっていた。一瞬、源太がにやっと笑ったのが見えた。と思ったら、頬にキスされた。

「…んな!?」

「先輩、俺が嫌いな訳じゃないですよね」

「…は、うん」

いすずはしっかりと考えられないまま、思った通りに答える。

「じゃ、返事ください。」

「でも、私好きな人いないから、つまり、源太くんに恋してるわけじゃないのね?」

「知ってる」

いつもよりかすれた声で、口をとがらせた。

「でも、嫌いじゃないの」

「うん」

「だから…そう、うん。もしお望み通りに付き合ったら、私を恋に落としてくれる?」

真っ赤になっていくいすずを見ていた。そして、いすずが恥ずかしさで倒れそうになった頃にやっと呟いた。

「うっわ…今の言葉に俺、また落とされましたよ」

そして、にっこりと笑って続けた。

「落としてみせます」



好きにさせてやる、俺のこと。



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