お題短編

□思い出のあの場所は、
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思うに、これが良くできた小説だったなら、天気は曇り後雨。すでに空は鉛色で、耐えきれなくなった雲が痺れを切らせて滴になる。雷はたぶん鳴らない。ただ静かに、けれども強く沢山雨が降るんだ。

でも、これはそんな小説なんかじゃなくて、そもそも主人公だって僕とは限らないし、そう、思うに、神様が何気なく書いた散文かもしれない。だってコトはあまりに突然で、なんのひねりも無かったんだ。誰が読者だろうと、面白いなんて思わないよ。
だから、ねえ神様。早く消しゴムで消しちゃいなよ。気まぐれの、鉛筆で書いた文なんて必要ないでしょ。

結局のところ、空は快晴。
で、世界中の人に責められている気がするんだ。こんな良い天気の下に僕がいるなんて間違ってるって。
そう、間違ってるんだ。

でも、だから、僕は半端に動かない右足を引きずってバスに乗る。最近のバスは親切だね、ほら見てよ、階段がないんだ、すごく楽だよ。楽なのにね、何かこう、まだ足りなくて。
とにかくバスは走った。僕の心が急かしたみたいに、いつもより飛ばしている気がした。でも、やっぱりあの日のように信号で止まってしまった。
恋しいなんて本当は可笑しいかもしれないんだけれど、僕はそれでも来てしまうんだ。
誰かがボタンを押して、僕は他の客の最後にバスを降りた。
それから、ここを見回した。

ここで笑った。手を繋いだ。キスした。
ここでさよならだった。

君が教えてくれたこの場所に僕が独りで立つ日がくるなんて考えもしなかった。
ねえ、左側がすかすかするんだ。あれから左手は誰の手も握らない。

あの日、最後まで君に一番近かった左足に嫉妬したのか、右足は拗ねちゃってあんまり言うことを聞いてくれない。どくどく脈打つ心臓はその度に痛くて、誰にも言えなくて、けどその為に僕は生きている。
半端に生き残った足なんていらない。「奇跡」だっていわれた、後遺症のない左足も両手もいらない。一番大切な君を思う心さえ手放しても良いから、ねえ、君を守れなかった過去を消し去って。

君に会いたいよ。



青空の下、だだっ子な足を引きずって、脈打つ心を横目に僕は、本当は、消えてしまいたかった。






思い出のあの場所は、
(切なさと恋しさと、計り知れない痛みを伴い)

消えてしまいたかったけれど、君を求めてここに来て、君の望みの通り生きていく。






☆お題配布サイト様 瞑目


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