君の世界が終わる夜

□3.みじかいあいだ
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夜。

男は酒を飲んで帰路についた。
夜空の下は黒という言葉が似合う闇。港の灯りが丸く浮かぶ。

気取ったように高い街灯の足元に、海辺に続く階段があった。
一人、外国の青年が腰かけている。

酒を飲んで気分の良い男は声をかけた。

「やぁ、お兄さん。お国はどこなんだい?」

青年は静かに顔をあげた。曖昧に瞳が笑む。

「おっと。中国語じゃだめか」

そう呟いた男は二三咳払いをして、英語で尋ねた。流暢ではない、それでいて下手ではない。
どうやら青年は英語圏の人らしく、綺麗な発音で答えた。

話していると、彼は船乗りだという。
どこか困っている様子だ。

彼は言った。

「猫、なんですが」

「はい?」

いつからいたのか、ずっといたのに闇と同じ体の色で気づかなかったのか、
青年の足元から黒猫がしなやかに出てきた。

「船に乗っちゃってて…
俺はこいつを置いとけるような立場じゃないんです。誰かに飼ってもらえたら良いんですが」

黒猫は青年の膝の上に陣取り、丸くなった。

「なついているね」

「…はい。残念ながら」
と、苦笑した。

海上を通ってきた潮風に吹かれても、男の酒に浸った脳みそはぼんやりとしていて、打ち立てた提案は妙なものだった。

「僕は猫が嫌いでね。しかし、行き場の無い者を見殺しにするのは趣味じゃない。で、僕は考えたんだけど。
しばらく家の庭に猫を放置しておく。もちろん食べ物はあげるよ。そして、この黒猫が自分で飼ってくれそうな人間を見つける」

それはまた、と青年は困惑した。
だいたいこの男、顔は素面に見えるが酒に酔っているのが分かる。匂いと、その半端な発想。

「どうだい?」

実のところ、そろそろ寝なければ明朝の出航に差し支える。
黒猫に尋ねるように背を撫でると、彼は閉じていた瞼を開き、金色の瞳で青年を見つめた。

「…お願い、しようかな」

「まかせてよ。食べ物だけはね」

男は笑った。
黒猫が男の足元に降り立った。

「名前は?」

「え」

「猫の」

「あぁ。
昔はキティといったらしい。でも俺はキャップと呼んでました」

へえ、と言った。

「では、キャップ行くかい?」

にゃあと一声鳴いた。
そのまま付いてくるかと思えば、青年にすり寄った。
抱き上げられ、舐める。
最後に金色の瞳でじいっと青年の顔を眺め、ぱちぱちっと瞬きをすると男の後ろに立った。

「お別れはすんだのか」

にゃあ。

黒に金色はあまりにもよく映えて、港の灯りみたいに妙に綺麗に思った。


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