双花焔恋(少陰長編)
□散
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ざわりと、空気が震えた。
若き陰陽師は憂いげに瞼を伏せ、熱を失った唇を噛みしめる。
花吹雪が舞っていた。一枚一枚が紅いそれは、遠くから見れば血飛沫のようにも見える。
そしてその花の中に埋もれるように存在する、一柱の神。
――哀れな神だと、かの龍神は言っていた。
(なんと、美しい)
花と共に舞う濃紺の長髪。その下でひっそりと煌めく紫水晶の瞳は険をはらんでいる。
その神には体がない。人間の死体をこねた器に魂を宿し、かろうじて現世に存在している。
陰陽師はその神に終わりを与える為に、かの龍神から授かった剣を構える。
「貴方の望みは、この国を滅ぼします。――お還り頂く」
振り上げられた切っ先、神の唇が諦めにゆるんだ。
だが、銀色が体に突き立てられる瞬間、目の前を塞いだ背中に神は目を見開いた。
焔の花が、散る。
手に確かに響いた手応え。陰陽師は――安倍晴明は、自分の心臓が冷たくなっていくのを感じた。
手から力が抜け、赤い血がべったりとついた剣がにぶい音をたてて落ちる。
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