抱きしめたくなる10のお題

□素直 (完結)
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「は?」
何が変なのか、さっぱりな忍者が一人。
対して、どうしよう、とファイは頭の中でぐるぐる考えていた。


―やっぱり、打所わるかったんだ…!!


黒鋼は丈夫だから、大丈夫なんて思っていた。

本人は平気だ、と言っていたから。

だから大したことはない、と思っていた。

いや、思い込んでいた。

正確には。

そういえば、どこかの国で「ちょっとした怪我が…」なんて本を読んだことをファイは思い返す。

最初の異変が大事なのだが、ちゃんと治療を受けずに放置したせいで、悪化につながる…―とか。


「…黒りん…」


セレス国から、日本国へと移動した時がまざまざと蘇る。


―黒様が、いなくなる、なんて。


そんなの耐えられない。

もう、あんな想いは二度としたくない。

じわっと蒼い目に水を帯びる。

よくわからないまま、相手が急に泣き出しそうな様子を見た黒鋼は、ぎょっとした。

端からみれば、完全に
「黒鋼が泣かせている」光景だ。

ここにモコナがいれば、
「あ、黒鋼がファイを泣かせたー!」とからかうに違いない。


―俺は別に何も酷い事を言った覚えはねぇが…。


今までの状況を思い返し、黒鋼は心の中で首を捻った。
しかし、知らぬ間にということもある。

何故こうなったのか状況は全く不明だが、
惚れた相手を悲しませたりは、したくはなかった。


―ばかみてぇに、笑ってりゃぁいいんだよ。


ずっと傍で。


「…泣くな」

黒鋼が手を伸ばし、零れ落ちそうなファイの涙を目もとで拭うと、見る間に雫が溜まった。

「黒様…」

切な気に呼ばれる声。透き通る空が黒鋼を写し出す。

相手が泣いているのに、その表情すらも綺麗だ、と思うのはきっと…―。


―矛盾しているな。


悲しませたくない、泣かせたくない、と願っているのに。

表裏一体の己の思いに黒鋼は心の中で眉をひそめる。

静寂が暫しあった後、「…オレ」と小さな声が聞こえて来た。


「オレ、どの世界の君より…目の前の君がいいよ…」
ファイからこぼれでた言葉に、黒鋼は一瞬、瞠目した。拭う黒鋼の手が止まる。ファイはじっと黒鋼を見つめたまま。

「…オレ、もっと黒たんの体調のこと気づいておかないとだめだよね」

会話の流れで、「そうか」と頷きそうになった黒鋼だったが。

「体調?」

思わず黒鋼が聞き返せば、そうだよねとファイが勝手に頷いている。

「この近くに診てもらえる所あったかな。
昨日の仕事でもらったお金で足りたら、いいんだけど…。
黒りん、本当に今、痛みはないの?
怪我とかしてない?」

「痛みや怪我は、ねぇな」

「本当に?」

かけられる声、覗き込む顔は労りが込められていた。

けれども、事情が読めない。そもそも出されたホットケーキを黒鋼が食べて、どんな味かファイに尋ねられただけだ。

それがどうすれば、痛みや怪我に関連するのか。

どうやら、黒鋼とファイには大きな誤解というものがあるらしい。

やっかいだな、と黒鋼は思ったが、先決すべきことは。



「…とりあえず、理由を一から説明しろ」


微妙な間があったあと、黒鋼は告げたのだった。
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