抱きしめたくなる10のお題

□素直 (完結)
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それから数十分後。

なんとか誤解はとけたのだが。

「でも、黒たん甘いの嫌いなんだよね?」

先に尋ねたのは、ファイだった。

「おう」

黒鋼が肯定すれば、納得できないのかファイが続ける。

「これ、蜂蜜かかってるし、すごく甘いんだよ?
砂糖も入ってるし…」

どうして、と尋ねるファイに黒鋼は一言告げた。

「てめぇの作ったもんだからな。」

桜都国で言った通り、黒鋼は甘いのは苦手だ。

それは変わらない。

だが、どうしても譲れないものもある。

何があっても。


ファイの視線の先で、半分のホットケーキが黒鋼の口に入る。

「へ…?」

ファイは目を点にして黒鋼を見つめていた。

「久しぶりだったが、あの時より味が上がったんじゃねぇか」

魔術師の顔がきょとんとした顔から驚いた顔に変わる。

すとんと自分の椅子に座り直し。

あちらこちらへと視線を彷徨わせたあと。

「あのねぇ…」

ぼそりとファイが呟いた。

そして続きをいうわけでもなく、またもや沈黙。

ちらりと黒鋼をファイは見るが、視線を合わせそうになり顔を背ける。

「……いきなり、そういうこと言う?」

「予告しろってか」

「や、予告されても…」

予告されてもどう対処すればいいか分からない。

小さくファイが言えば、面白気に黒鋼が見ている。

余裕しゃくしゃくといった感じだ。

「黒たんのくせに」とファイが口を尖らせて呟いた。

「黒様って、絶対性格わるくなったよね…。
出会った頃と大違いすぎ…」

ちろりとファイが睨むと、
「そうか」と何でもなさそうに黒鋼が答える。

「ひさしぶりに作ったから、わざと甘くして君が文句を言う姿みたかったのに…」

ぶつぶつファイが文句を言う。

きっと顔をしかめて嫌味を言われるのだとファイは思っていた。

だが、黒鋼の反応は逆だった。

現実は、常に予想外のことが起きる、とか言うが、まったくもってその通りだ。

「おまえも大分変わったな」

「そうかな」

「ああ」

黒鋼が言うと、ファイは机に突っ伏した。

溜め息が聞こえて来たのは間もなくだ。

わずかに見えた魔術師の頬は紅く色付いている。


「………」

「………」


再び部屋に訪れた静寂。

だが少しも居心地悪いとは感じない。

こんな風になれる日がくるとは思ってみなかった。

今のこの雰囲気にもし色をつけるとしたら…。

きっと桜都国や日本国でみた、薄紅色のあの花の色だ。

そんな同じ事を、二人とも考えていたとは本人たちはつゆ知らず。

小狼たちがかえってくる間、しばらくそのままでいたのだった。






end.




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